1928年誕生の手塚治虫先生。

生誕80周年ということで、昨年から今年にかけては、「手塚治虫展」はじめ、映画「MW」の公開・・・と、ファンにとって見逃せないイベントが目白押し。

という訳で、友人のkitamikiさんと、江戸東京博物館まで行ってきました。


展示物は、まず、幼少期を振り返る写真や8mm映像、小3で初めて描いたストーリー漫画、

子供のころ作った昆虫標本や自筆の昆虫図鑑など。

どれもこれも、手塚先生が「漫画や絵を描くために生まれて来たヒト。」つうことを、端的に伝えていた。


特にドギモ抜かれたのが、小3で描いたストーリー漫画。

コマ割、アングル、セリフの量、キャラクターデザインなど、ほとんどプロの仕事です。

なんだコレ?っつー感じでした。


あと、昆虫図鑑は、手塚先生のマニアック且つ冷徹な観察眼が、虫のスケッチと解説文に凝縮されていて、やっぱオタクは子供の頃からオタクなんだよね・・・と、改めて思いました。


んで、マンガ家デビューされてからは、アトムやレオ、三つ目がとおる、リボンの騎士、BJ、

ユニコ、火の鳥、陽だまりの樹、どろろ、バンパイヤ、奇子、人間昆虫記、MW、アドルフに告ぐ、きりひと讃歌、ルードヴィヒ・B、グリンゴ、ネオ・ファウスト・・などの、怒涛の生原稿が。

コレ観ると、やっぱ手塚漫画のキモは、キャラクターデザインとコマ割、アングルの移り変わりの斬新さが、スピーディーなストーリー展開と相まってるトコロにあるんだな、と実感された。

レオやアトム、リボンの騎士などのアニメーションの絵コンテやセル画、当時のフィルムなども展示され、まー手塚先生の仕事の、まさに集大成ですな。


胃がんで入院された、手塚先生の最期の言葉(たぶん)が、

「頼むから仕事させてくれ。」

だったそうな・・・・

何しろ、生涯描かれた原稿の数は、約15万枚だそう。

仕事がイヤだ~とか言ってる凡人とは、天と地ほどに違う生き方です。


他にも、天才と言われているマンガ家やクリエイターは数多くいれど、やはりここまで

「多作」で、且つその「クオリティが高く」て、一般読者の他に、「表現者たちにまで

影響を与え続けた」ヒトは、やっぱ、手塚先生以外に、ちょっと見当たらない。つーことが、

改めて実感される展示でした。


実はクリエイター界には、アンチ手塚派も結構いる。

その最右翼?と思われる、宮崎駿氏のインタビューが、図録に掲載されていて、コレは

結構、興味深い内容だった。


まず、宮崎氏は、当時の手塚治虫という存在の特別さ、新しさとゆうものが、

他に代わりがいないほど、とにかく絶対的なものだった、と認めている。

「新宝島」を読んで、アニメーターになった宮崎氏と同世代のヒトは、沢山いるそうだ。

で、宮崎氏は当初、漫画家になりたかったそうだが、手塚先生を超えられないっつうトコロで随分悩んだそう。

んで、「キャラクターを自分で作らなくてよい」アニメーターへ転身、それが自分にとって、ものすごくラクに感じた瞬間だったそう。


ワタクシは、アンチ宮崎アニメ派ですが、この宮崎氏の正直さには、ビックリしましたよ。

さすが、一つのことを極めたヒトは、負けを認めるのも潔いな・・・と思いました。


ただ、手塚アニメの話になると、そこは宮崎氏、「アニメはオレのほーが上だ~!!」と

主張してはりました。

まあ、確かにワタシも、手塚アニメはイマイチだと思います。

しかーし、アニメになったことで、アトムやレオが、世界中の子供たちのドギモを抜いていったこともまた、確かである。

まあ、確かに宮崎氏はじめ、日本のアニメのレベルは、虫プロ時代から比較し、

「そ、そこまでやらんでもいーんじゃね??」くらいの、大進化を遂げていることもまた事実。

なもんで、アンチ宮崎派のワタシですら、その功績を認めるにやぶさかではない(←上から目線)。


しかーし、一個、宮崎氏の主張に大きく「間違っとるぞ!!」と思うポイントが。

それは、「女性像おとめ座」の描き方なんですが。

宮崎氏曰く、手塚先生の女性キャラクターの描き方が「性的に未成熟」で、

「手に負えないじゃじゃ馬か、お母さんのどちらか」になっちまってる、と

批評してはって、「それは、ときわ荘世代の限界では?」みたいに語ってるんですが。


おいおい~、日本の男を総ロリコン化へ誘った主犯格である、宮崎アニメの創作者が、

一体なにを言ってるんだね~?ガーン

ワタシがアンチ宮崎派なのは、宮崎アニメの女性像には、女性の持ってる「毒」や

「魔的な部分」が、ぜんっぜん、いっさいがっさい、表現されて無いからです。


つうかたぶん、宮崎さんは、そーいう女性の「わっるいトコロ」に、全然気付いてないんだと思うわ。

それはそれで、男性としては、幸せなヒトだと思う。

ただし、表現者としては、女性とちゃんと向き合って来なかったヒトだと思うんですよね。

なもんで、アンチなんです、ワタクシ。


手塚先生は、「火の鳥-乱世編-」の吹子、「アドルフに告ぐ」の由季江などで、

「ある男から別の男へ心変わりする、残酷だが抑えられない心情」とゆーものを、

悪女的にではなく、実にリアルな一般女性像に託して、描いている。

こんな女性像を描こーとした男性作家が、他にいるだろーか?


宮崎さん・・・ロリ顔・巨乳なアクティブ少女像だけ描いて、女性のエロス描いた気になってちゃー、オタク男子はともかく、一般女子は騙せなくてよ。

つーか、自分で気付いてないって・・・マジっすか!? ショック!


どんなに道を究めたヒトでも、自分の弱点には、意外と自分で気付かないもの

なんだな・・・とゆーことが、このインタビュー記事で、図らずも露呈されてました。

自分で自分を知るって、ホント難しいですね。

そんなコトも教えられた、「手塚治虫展」。

将来クリエイターになりたいってヒトには、やっぱ、マスターピースな展示会でしょう。