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もう読み返すことは無いと思っていたのに、どーしても読みたくなってしまい。

 

手塚作品の中では、賛否両論な「きりひと讃歌」(1970~1971年ビッグコミック連載)。

 

いくらバッド・エンド好きなワタクシも、余りに救いよ-の無いストーリーで、正直、再読するのきついわ・・・と思っていたんですが。



 

超・有名なあらすじは。

 

1970年代、外見が犬の様に変形してしまう奇病「モンモウ病」が、世界の医学界の注目を集めていた。

 

阪大の竜ヶ浦教授は、「モンモウ病=伝染病」との自説を唱え、日本医師会会長になろうとしていた。

 

しかし、部下の小山内桐人(=幼いキリストのもじり)は、「微粒元素による中毒説」を唱え、真っ向対立する。

 

竜ヶ浦に疎まれ、モンモウ病発祥の地といわれる四国の山村に赴任させられる桐人。

 

村で生活するうち、桐人もモンモウ病を発症してしまう・・・・

 

医局から抹殺され、犬人間として見世物にされ、果ては台湾に売り飛ばされる桐人。

 

一方、竜ヶ浦は、自分に不利な証拠は全てもみ消し、着々と学会発表の準備を行う。

 

「モンモウ病」の真の原因はどこに!?

 

そして桐人の運命は!?



 

とゆーお話で、犬顔の桐人のイラストを、目にしたことがあるヒトも多いのでは。

 

これ、最終的には、桐人の唱えていた中毒説が正しかったと判明します。

 

しかし、犬顔を治す術は無く、桐人は全てを失い、日本を去って行くのでした。



 

このマンガのテーマを整理しますと、以下4つと思われます。

 

①医学界の行き過ぎた封建制度(「白い巨塔」と似ている)。

 

②人間は、なぜ外見の違いで差別意識を持つのか?(例:人種差別)

 

③人間の尊厳は誰が守るのか?(犬の姿になった桐人は、自己否定から抜け出せない。)

 

④人間の思い込み、エゴによる盲目性(モンモウ病=盲目のもじり)。



 

②、③、④のテーマが、桐人だけでなく、モンモウ病を発症した白人修道女のヘレン、台湾の見世物芸人の麗花、村で娼婦をさせられていた、たづの姿などで何度も何度も語られるため、ホント、勘弁して下さい・・・な気分になってしまう。



 

特にヘレンなんて犬女!!と蔑ずまれ、白人の名誉を守る為に殺されそーになったり、異常性格者?の占部医師にレイプされた挙句シスターなのに妊娠したり、学会で犬の姿になった裸体を晒されたりで、常に「主よ!わたしに勇気を・・・」って祈っているが、もー勘弁して上げて!!どーして当時のへんしゅーさんは、手塚先生に「やりすぎです!」って直訴しなかったのか、っつー受難ぶり。ホント、よくこれ、青年誌に連載されてたな・・・

 

かくいう桐人も、台湾の見世物小屋では、「催淫剤を打たれたメス犬」とセックスする様を見世物にされたりする(セックスしないが)。

 

もーホント、キツイっす。

 

wikipediaを読むと、確かに当時のへんしゅーさんは、「桐人を人間に戻して下さい。」って言ったらしいが、手塚先生が「テーマがぼける。」つって、拒否った(・・・・)そーです。



 

まあとにかく、登場人物が全て後天的理由から、蔑視・嘲笑の対象になり、徹底的に世間から隔絶され、非人間扱いされる様が、全編コレ、続きます。

 

桐人もヘレンも生き残りますが、犬の姿のまま、桐人はアラブの無医村で、ヘレンは公害病で見放された人々を教会で看護する道を選びます。

 

そこに、世間で言う「幸せ」はありませんが、彼らにはそれしか道が無い。

 

「皆に慕われてるからいーじゃないか!」とも、安易に言えない受難な道が、指し示されて物語は終わる。



 

どーですか?このバッド・エンディングぶり。

 

この世はディストピアだ!!と生意気に主張しているワタクシでさえ、「良かった・・・現実がマンガの世界よりマシで・・・」と、ホッとしてしまう暗黒世界です。

 

ワタシも初読の時は、確かにものすごいストーリーテリングなんで、夢中でイッキ読みしましたが、余りに「あんまり」な内容なんで、読後感はサイコーにモヤモヤしました。

 

そんな感想を持つヒトは多いようで、手塚先生の「代表作」と言われる一方、「失敗作」とゆー方もいます。

 

その気持ちは良~く分かる。

 

でも、先日「MW-ムウ-」の後、猛烈に「きりひと讃歌」を読まなくては!!な気になって再読した結果、やっぱ「きりひと讃歌」は、問題作にして傑作だ。とゆー結論に至りました。



 

理由はですねえ。

 

ヒトの差別意識、蔑視意識、自己否定意識は、全て後天的(=人偽的)要素によって生まれてくる。

 

とゆーことが、様々な登場人物を通して、一貫してブレずに、描かれているからです。

 

んで、そーいう意識から、「蔑視される側」の桐人や麗花、ヘレンでさえ、そう簡単に逃れられない。

 

彼らは、自分で自分を、徹底的に責めまくるんです。

 

ココが、この作品のキモなんですが、その姿がホント痛々しくて、読んでてマジ、勘弁してくれ~!!と叫び出しそーです。

 

でも、こーいう行為を、ここまででなくとも、人間は大抵、自分で自分に、そして他人に、やってるんですよね。

 

つまりコレは、自己否定意識が差別意識、蔑視・嘲笑・いじめに繋がっていく様を、確信犯的に描いている作品と言えましょう。



 

「MW-ムウ-」と同じく、「そう簡単に、ヒトはヒトを(自分も含め)、愛せない。」とゆー、手塚先生の厳しい姿勢が貫かれています。

 

そして、人間はエゴに取り付かれると、簡単に「盲目」になってしまう。

 

自分の事は、自分が一番「分からない」。

 

なぜなら、エゴで目が曇っているから。

 

もー、超ツライっす。



 

この主題を更に発展させたのが、ワタクシが手塚作品のキング・オブ・マスターピースと呼ぶ、「アドルフに告ぐ」なんだと思います。

 

・・・って、なんか話が大げさになってきたな。

 

あと、「きりひと讃歌」は最初と最後で、絵柄が変わりすぎな気もするが、まあ「スラムダンク」よりはマシか。

 

なんで、最初の超・劇画調タッチに面食らった方も、最終的にはちゃんと手塚先生の絵柄になるんで、安心して読んでみて下さい。