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↑こんなん子供の頃欲しかったわ。

 

 

手塚先生の作品に於けるバッド・エンディングの多さと言ったら、全作品の軽く半分は超えるのではなかろーか?

「手塚治虫さんのマンガ?いや~、辛気臭くってちょっと苦手・・・」つう方々が時々おられるが、そりゃー無理もない。

何しろ、その情け容赦ない徹底したバッド・エンディングスト(?)ぶりは、「アドルフに告ぐ」「火の鳥」「B.J.」などでも明白で、読者を絶望の淵に叩き落としかねないギリギリっぷりである。

 

今回は余り有名でない短編から、バッド・エンディングBEST3と、すんでのところでバッド・エンドに至らなかったある1篇をご紹介したい。きっとあなたも、バッド・エンド好きになること請け合いだ。

そんなもんになりたくねーっつう方も、まあちょっと暇つぶしに。

 

1.「ペーター・キュルテンの記録」・・・秋田文庫・短編集「時計仕掛けのりんご」より。

ペーター・キュルテンとは1932年、ドイツで連続強姦殺人・獣姦・放火などで死刑になった、近代シリアルキラーの原点と言われている実在の人物。

マンガでは、始めはナゾの連続殺人が描かれ、一方でキュルテンのよき夫、よき労働者のシーンが描写され、犯人は誰?的なミステリーとして話が展開する。が、キュルテンが捕まって裁判が始まってからは一転、近親相姦から獣姦、果ては暴行殺人にまで至ってしまう彼の異常性が明らかに。

 

しかしキュルテンは「オレは異常じゃない、社会や法律はブルジョアを守る為のもので、オレはそれに復讐してるんだ」と法廷で叫ぶ。

一方で裁判官は「それとセックスとどういう関係があるのかね?動物と性交したことも関係あるのか?」と問い詰め、キュルテンは「血を見たらアレと同じように気持ちよかった」と、異常性を認める発言を行う。

んで、結局キュルテンは、「ギロチン」で処刑されるのだった。

 

全編コレ、人間の暗黒面をそのまま描いていて、何の救いもない。

シリアル・キラーとゆう存在は、ここまで人間は人間性を捨てられるのか・・・とゆう、「人間性の極北」を指し示していて、そこまで描いて初めて、「ヒューマニズム」を描いたことになる。

とゆう、手塚先生の熱い一面を、改めて認識します。

特に素晴らしいのは、キュルテンの犯行の動機を、安易に彼の生い立ちやブルジョア社会への復讐といった、キレイ事にせずに、ちゃんと「性衝動と暴力性の結びつき」として、裁判で指摘させている点。

やっぱこーゆー所をウヤムヤにしないのが、医者でもあった手塚先生らしい冷静さです。

 

2.「最上殿始末」

このお話、秋田文庫の「時代劇傑作集」と「時計仕掛けのりんご」の両方に入っちゃってます。

確かに、バッドエンド・オブ・バッドエンドなお話なんで、編集さんもつい両方に入れちゃったんだろーが、ファンに配慮なさすぎだろ。まあ確かにコレは、時代劇としても暗黒短編としても、極めて秀逸です。

 

あらすじはですね。

戦国時代、最上川の上流に、猜疑心の強い戦国武将がいて、彼は農民のしょんべを、自分の影武者に仕立てます。武士になれば、子供や嫁をラクさせられると喜ぶしょんべ。が、家族は口止めのため殺されていた。それに気付いたしょんべは、武将の婚礼の日、武将と入れ替わると同時に殺してしまう。初夜を迎え、武将の嫁に「オレは殿様に復讐してやった」と宣言するしょんべ。その後、武将の嫁がとった行動とは・・・・

 

・・・・このストーリーも、結局主要登場人物が全員死んでしまう、とゆーオチです。

たった34ページですが、始まりはコミカルに、しかし順々に登場人物全員の思惑が絡みあい、最終的に冷たい悲劇へと収斂していく様が見事です。

最後の1ページ、たった2コマなんですが、背筋が凍るっつうか・・・・やっぱ人間が一番怖い。つーことを、しみじみ痛感させられます。

 

3.「悪右衛門」

コレも、「時代劇傑作集」に入ってるんですが。

あらすじは以下の通り。

平安時代、和泉の国の知事が、占い師に狐を千匹殺せば天下を取れると言われたため、悪右衛門というゴロツキを雇って、むちゃくちゃに狐を殺させていた。

そこへ安倍保名という学者がやってきて、知事を非難したため牢屋に入れられてしまう。しかし、途中、安倍は悪右衛門に捕まりそうになっていた白狐を助けていた。

ある夜、悪右衛門の嫁の「くずのは」に化けた白狐が、安倍を牢から逃がしてやる。何も知らない「くずのは」をとらえ、さんざん拷問する知事。虫の息となり、行李に入れられ、川に流されてしまう「くずのは」。白狐は、そのまま「くずのは」になりすまし、仲間の狐に悪右衛門の様子を知らせるのだった。・・・

しかし、いつしか本当に悪右衛門に惚れてしまう白狐。平和な日が過ぎていくと思いきや、ある日、悪右衛門のところに、行李で流されたはずの本当の嫁と、安倍がやってくる。

 

・・・・と、ここからバッド・エンドに向って、物語が疾走していくのだが、悪玉の知事は死なず、徹頭徹尾、悪右衛門の愚かさと悲しさ、白狐のいじらしさが描かれていて、涙なしには読めません。

最後に、悪右衛門の息子が安倍の養子になり、「安倍晴明」になって、母親を祀った「葛の葉稲荷」という神社を建てました。・・・とゆーオチで終わっている。

手塚先生の想像力の豊かさが堪能できる、素晴らしいストーリーテリングです。

 

この悪右衛門というキャラは、アトムの「プルートゥ」のように、悪役でありつつとても魅力的に描かれている。

彼は自分の因果もあり殺されてしまうが、一方で、ホントの悪の親玉である知事は、のうのうと生きている。

とゆーよーに、人間の正悪と損得とゆう物が、キッチリ分けて描かれているのが、このお話の素晴らしい所。

正しいものが得をし、悪いものが損をする世の中だったら、皆、真っ当に生きられるのに、そーでないところに人間の悲しさ、弱さがある。

そこら辺の、正しくても損をする、悪い奴が得をしている、な様子を、バッド・エンドで突き放して描きつつも、ヒトとして正しい姿に軸足を置いている手塚先生の作品が、ホント大好きだ。

日和見主義者では描けない境地だと思う。

とゆう訳で、ワタシはバッド・エンドな手塚作品が大好きなんである。

こんな大好きだ~大好きだ~と言ってる自分もキモチ悪いが。

 

以上がバッド・エンドBEST3で、以下はバッド・エンドにならなかった1編です。

4.「ユニコ」より「一夜だけの舞踏会」

もーワタシは「ユニコ」っつうマンガが好きで好きで。

中でもこの「一夜だけの舞踏会」は、何度読んでも同じところで泣いてしまう。

アホなんじゃないか?と思われるが、この話はワタシの個人的な何かを物凄く刺激してたんだなっつうことが最近、ある方のご指摘により判明したので、ちょっとあらすじを書いておく。

 

貧富の差の激しいロシア帝国。孤児のマーシュカは、孤児院のイジワル院長を突き落として殺害、以来金持ちを襲ってその日暮らしをしていた。

そこへ西風に運ばれてきたユニコ。マーシュカは、自分のパンを分け与える。愛を貰ったユニコは、マーシュカの願いを一つ、叶えて上げると言う。マーシュカは、一度だけお姫様になって舞踏会に行く夢を、叶えてもらう。

舞踏会で美しい青年と恋に落ちるマーシュカ。しかし夢もつかの間、舞踏会で次々宝石が盗まれる。外にいた孤児が濡れ衣を着せられているのを見て、マーシュカは、貴婦人達のスカートをひっぺがし、貴婦人に化けていた真犯人を見つける。正体を明かし、青年の前から姿を消すマーシュカ。青年は、警察庁の長官で、マーシュカを追う立場だったのだ・・・

 

イヤ、ここまでは泣くポイントは別に無いんだが、この後、元のゴロツキに戻ったマーシュカに、ユニコが「楽しかった?」と聞き、彼女が「うん!!とっても楽しかった・・・ありがとう・・・」と泣きながら言う場面で、どーしてか涙腺が刺激されて刺激されて。

この後、マーシュカは自首し、何とかもう一度、あの警察長官である青年に会おうとするのだが、その前に絞首刑を言い渡される。いつもの手塚マンガだったら、マーシュカが死んだ後、青年が駆けつけて「・・・遅かった!!」みたいな感じだが、やっぱサンリオの少女マンガなもんで、ちゃーんと青年はコーカサス族長の恩赦を取り付け、マーシュカを助け出し、結婚式を挙げる・・・・とゆーハッピーエンドに。

 

しかし「ユニコ」の第一話目は、インディアンと白人娘の、超・バッドエンディングな話なんですよ。

2話以降、急にハッピー・エンドな話ばかりに変わるんだが、コレはたぶんサンリオ編集部から「手塚先生、少女マンガなんで。」みたいな矯正が入ったと思われる。

後書きで、手塚先生が、「ユニコは優等生過ぎて、マンガの主人公として面白くなくて困った。」みたいなコトを書かれていて、「イヤイヤ~、ユニコみたいなのも必要ですから!女の子は夢の国の住人ですから!」と言って差し上げたくなったさ。

最後は西風さんに連れ去られ、ぜーんぶ忘れてしまうユニコの薄情っぷりもたまりません。

そーゆー意味では、ユニコも全部、バッド・エンドな話と言えるかもしれませんね。

ここまで読んで頂いた貴女も、もーハッピー・エンドじゃ満足できない体質になられたコトでしょう。

あ~仲間が出来て良かった・・・それではおやすみなpsycho.