仕事関係の知り合いで、ワタクシと同じく学生時代ロックをヘヴィに聴いていたが、最近コレというバンドが出てこないため、別ジャンルに転向を余儀なくされた・・・という方がいた。

いや~、ロック イズ デッドってホントだったんですね。

(カート・コバーンだったっけ?)


ロックを心ゆくまで聴きたい!とゆー欲求は消えてないんだが、今までワタクシの心を熱くしたロック・バンドの皆さんは、なぜか死んだり解散したり自然消滅したりするんで、フォローのしようもない。

ニルヴァーナのカートは自殺、ホールは嫁のコートニーがぶっ壊れセレブになって消滅、スマッシング・パンプキンズはメンバーが麻薬やったり内輪もめしたりで解散、エラスティカは行方不明、ティーンエイジ・ファンクラブはメッチャ寡作・・・ときたもんだ。日本ではバッファロー・ドーターは解散、フィッシュマンズはヴォーカルが死亡、エルレガーデンは活動休止中・・・と、書いててイヤんなる。


そーは言っても、いつまでもR&Bコンピとか聴いて日和ってるのもねえ。

今こそ日本のロックよ、盛り上がれ!!

とゆー訳で、最近話題の和製・新星ロックバンドを、それぞれ新譜で、聴き比べてみました。


1.flumpool(フランプール) 3曲入りシングル「星に願いを」

auが出資したレコード会社から2008年デビューした、4人編成バンド。着うた。を広める為に結成されたんですかね。「は~な~になれ~♪」つうCMソングでブレイクしましたが、コレはプロの作家さんが書いた曲なんで、自作自演の「星に願いを」にて聴き比べ。

このヒトら・・・1984・85年生まれの関西人らしいが、auのCMでもアラ?って思ったが、顔面偏差値がメチャ高いな。今回のビートルズ風4面割のジャケットでも、誰一人、「あちゃ~」なヒトがいない。まあ、プロ作家の描いた詞曲でデビューするくらいだから、「ルックスは商品になる」と、太鼓判押されてる訳ですね。

正直、一聴して「ポルノグラフィティみてえ・・・」って思ってしまった。んでwikipediaみたら、ポルノと事務所が一緒だった。顔面偏差値が無駄に高くて、音楽性はまんまJ-POP。演奏も平凡。編曲もフツー。自作の詞も日常生活から一ミリも逸脱してなくて、ロックとゆーよりJ-POP。

でも、このヴォーカルの子の声は、弱々しいけど切迫感があって、色気もある。文化系女子のハートをがっちり掴まえそうです。

PV見ると、ヴォーカルの子は目がイっちゃてるとゆーか、ちょっと危ないヒトに見えるので、キレイで危ない子とゆー路線を貫けば、意外と化けるかもしれない。延命できるかどーかは、プロデューサーの腕次第ですね。ルックス・雰囲気・ヴォーカルの声は、知的ナイーブな感じで、今の時代に合ってると思います。


2.STRAIGHTENER(ストレイテナー) アルバム「ネクサス」

こっちはフランプールよりちょい上の、平均年齢30歳くらいの、4ピースバンド。

1998年結成、メジャーデビューは2003年なんで、まあ中堅ですかね。

曲は全て、ヴォーカル兼ギター兼ピアノ・シンセまでこなす、ホリエアツシの自作自演。

一聴してこちらは、うん、カッコイイですね。

演奏もタイトだし、曲の完成度も高いし、編曲もバラエティに富んでるし、歌詞はメッセージ性がありつつ抽象性もあり、フランプールと比べたら、この人たちのファンは怒りそーですね。

このバンドの特徴は、ラウドでグルーブ感もありながら、演奏がキレイに聴こえる所かと。

4曲目の「Lighting」なんかは、北欧とか、ヨーロッパのバンドが演奏してるよーな雰囲気がします。

ただし肝心なヴォーカルの声が、曲のバラエティ、歌詞の知的さ、ラウドでありながら静謐さを感じさせる演奏・・・などと比較すると、・・・・平凡なんですわ。

ファン以外のヒトからすると、「あっ、ストレイテナー!」って聴き分けられるホドの個性は、感じられませんでした。

まあエルレも、途中からヴォーカルの声が太くなってスゴク良くなったし、これから変化するかもしれませんが。

あと気になったのが、音楽性が高いのは分かるが、どっかサラっとしてるんだよ、このヒトたち。

歌詞も知的で面白いんだけど、いかんせんナマの感情が感じられない。

なんで他の曲も聴きたいとか、ライブ行ってみたいとか、i-podにすぐ落とそうとか、そーいう行動があんま喚起されないんですわ。

はあ~、やっぱロックバンドって難しいな・・・


3.back number(バックナンバー) ミニアルバム「逃した魚」

2004年結成の3ピースバンド。

「逃した魚」がファースト・ミニ・アルバムだそーな。

HMVとタワーレコードのパワー・プッシュを受けているんで、フランプールが着うた。発信だったのに対し、こっちは従来のCD販売店からの発信ですな。

最近の音楽は、販売チャネルと切り離しては販売戦略も立てられん・・・つう感じでしょうかね。

一聴すると、なるほどHMV・タワーレコードとゆー外資系CD屋がプッシュするのもナルホドな音です。

ライブ感が溢れてて、3ピースにしちゃあ迫力があって泥臭い音なんで、ロック好きなヒトは視聴機で聴いたらつい手が伸びちゃいます。何を隠そう、ワタシもその口でした。

特に1曲目の「重なり」のラウド感、ヴォーカルの切迫感、感傷的なメロディは、これぞジャパニーズ・ロック。

2曲目の「春を歌にして」では、一転して男臭いナヨナヨ系な世界観が繰り広げられ、これまたロック好きには堪らんわ。ちょっとサニーデイ・サービスを彷彿とさせる。

ヴォーカルの声も、男っぽいけど繊細さもあり、切迫感に溢れてロックにピッタリです。

・・・と、ここまでベタ褒めで来ましたが、詞の世界には一言ありです。

そもそもアルバムタイトルの「逃した魚」って何よ?

逃した彼女の存在は大きいって意味?それとも、ふられた自分の方を「逃がした魚」になぞらえてんの?

とゆーのもですね、コレ全編7曲すべて、失恋した彼女への恨み・つらみ・もしくは自分への後悔についての歌なんだよね・・・。

そーいう時期だったのかもしれないけど、テーマがそればっかりっていうのはちょっと、職業として音楽をやっていくヒトとしてはどーなんだ?

恋愛成就したり結婚したり音楽で成功しちゃったりしたら、途端に書けなくなるタイプじゃないのか?

っつー不安が残りますし、やっぱ全編ソレじゃ、聴く方も飽きるってモンですよ。


などと、好きほーだい書いてしまいましたが、ココに取り上げた3組は、結構スキなタイプの音です。

好きだからわざわざCD買って、ブログにレビューまで書いてしまいましたよ。

でもな~、初めてスマパンやエルレを聴いたときホドの衝撃は、ありませんでしたわ。


今ちょっと思ったんだけど、flumpoolの子は、もっとダークな歌詞を書いた方がいいな。

例えば、ふられたカノジョに罵られても、ついストーカーすれすれのところまで追ってしまう・・・ボクって病気かな?とか、こんなこと言うと引くかもしれないけど、君のコトが愛しすぎて、ボクの体中を、君に噛んで欲しくなる・・・とか。

そーゆー自分の異常性を、サラッと書いてしまいなさい。

ただし、「ボクってイっちゃってる?ヒいた?」とゆー客観的視点を盛り込むコトは忘れずに。

「イヤ自分、全然ノーマルなんで・・・」って言われたら、即却下ですが。

・・・・もう寝ます。おやすみなpsycho.