文学界3月号より、山崎ナオコーラ作「スカートのすそをふんで歩く女」を読みました。

 

山崎ナオコーラ氏は、「人のセックスを笑うな」で2004年に文藝賞を受賞、松山ケンイチ・

永作博美で映画化された。去年は、芥川賞と野間文藝新人賞候補にもなってたけど、残念ながら両方とも、津村記久子さんにかっさらわれた。

「人のセックス~」は、高橋源一郎が激賞してて話題になったし、

それの映画版は蓮見重彦せんせーが、これまた珍しく褒めていた。

インテリ男性の心をがっちり掴んでるよーだ。

 

さてストーリーは、サークル仲間の男子3人+女子1人=絢ちゃんが、卒業旅行でパリに行き、その日常が絢ちゃんの一人称で淡々と描かれ、その合間に、絢ちゃんの心の声が挟み込まれる、とゆー構成の15ページほどの短編だ。

 

主人公「絢ちゃん」の人物像が、この短編のタイトルになってるかと思うが、彼女は、

 

1.女の子同士で集まるのが苦手だ。男の子の中で、女の子1人が心地よい。

2.女の子の友達は、面白い話をしないでダイエットや恋愛話しかしないので、つまらない。

3.男の子に生まれて、男の子と何の気兼ねもなく、友達付き合いしたかった。

4.なのに、将来、就職や結婚や出産をしたら、どんどん男の子と友達になれる機会が減ってしまう。大人になるって、そーいう事だったのね。

 

とゆーことを常に考えている、イタイ子なのだった。

津村記久子の「ミュージック、ブレス・ユー!!」の、洋楽大好き主人公(女子)とも、性格がカブッているな。

最近は、こーいう立ち位置の女子が、文学界のスタンダードなんだろーか??

まあ、30歳くらいの、「私、結婚できるかしら?仕事も友情もプライドも大事だけど、それにつけても私って結婚できるかしら?」と、始終言ってる女が主人公の、よくある女性作家の独り言垂れ流し小説より、よっぽどマシな気もするが。

 

この作者は女性であることにスゴイこだわりがあるよーで、常に頭ん中が「女・女・女~!!」で、それが屈折しすぎて、つい19才男性一人称で、そいつが20才年上の女に惚れてしまうというファンタジーを書いてしまったのが、「人のセックスを笑うな」という作品だったんじゃないか?とも思うのだが。

 

まずもって、「男の子と友達付き合いしたい」というのが、よく分からない。

何しろ君、社会に出たら、心ときめくヒトもいない複数の男性、つまりオッサンの中に女が

1人、という状況ばっかりだ。オッサン臭さの全てにイライラし、そいつの声がでかいというだけで、うっかり殺意を抱いてしまうことも無いとは言えない荒んだ日常を、想像してみたまえ。

「男の子に生まれたかった」?

何を甘っちょろいことを言ってるんだ。

もっと大人になりなさい!!

 

ワタシが新卒で会社入ったとき、先輩の男2人と残業の成れの果てで飲みに行くと、

決まって「この後、どこのソープ行こっか?」っつー話題で、場が〆られていた。

男と友達付き合いするって、そーいう事よ。ホンマ、松ケンみたいな男子なんて、

異空間の地球外生命体みたいなモンだ。そんなもんに憧れるな、くだらないから。

 

まあつまり、私は今をときめく山崎ナオコーラさんには、イマイチ共感できなかったと

ユーことです。・・・でもこの人、タイトルがうまいわね。

「論理と感性は相反しない」、「カツラ美容室別室」、「長い終わりが始まる」などなど。

いつまでたってもモタモタしたタイトルしかシナリオに付けられない私は、とってもうらやまスィと思いました。