高校生の頃、いわゆる不良少女だった。
なぜに不良?「ツッパリ」というスタイルが当時かっこよく思えた。そんなトレンドの時代だった。東京の北の方というやや価値観が狭い大人が多い環境にいたこともあったかも。要は、強く見せたかった。
勉強は好きだった。今も好きだ。でも禁欲的に勉強したことがない。子供の頃から親に「勉強しろ」と言われたことはない。女は勉強する必要がないという父親と、勉強が大嫌いな母親から生まれ育ったのだから、これを「ラッキー♪自由にのびのび」と捉えるか「女性だからと夢を打ち砕かれた」と嘆くか。私は後者だった。大学進学なんてもってのほかと言われ、進学校にいる私は戸惑い、父親と言い争い、ある結論に達した。
大学行くには、自分で学費出せばいいんでしょう。
要は、貧乏で狭量な家庭で育ったことを私自身が嫌悪して、それを世間に晒したくないから、強く見せたかった。でも世間ではそれを「グレた」というらしい。
そう、学費を貯めるということで、バイトを始めた。視野が拡がった。主にウェートレスだったから、飲食関係の仕事を知り、そこで働く人を知り、その人たちの遊び方を知る。家と学校の他の場所に、居場所がどんどん出来てくる。ただふらふらと漂うように歩ける街だって居場所だった。バイト先のほとんどが池袋。通学が池袋経由だったから、ふらふらも一番していた。新宿、原宿、渋谷は、交通費かかるからちょっと頑張って行くかんじ。ファッションを眺め物欲駆られ、おしゃれしなきゃと掻き立てられる。10代女子の自然な流れとして、おしゃれして遊ぶ金欲しさのバイトとなってしまった。だから、勉強なんてしている暇もない。学校にも行くたくなくなるわけだ。
たまに学校行くと、普通に高校生を楽しんでいる生徒たちを疎ましく感じた。普通に勉強して部活して友達に彼氏にと人間関係に泣き笑いして、青春を謳歌すること、普通ということをダサいとすり替え、自分はもっと面白くて刺激的な大人な世界にいるのだと優越感を持った。実際は、普通のことができないという劣等感からくるもので、その劣等感を払拭するのに、あとあとに随分な時間がかかったと思う。普通なんて基準に意味ないことに気づくこと。
高校の先生方にも見放されていたし、まともな大人がそばにいなくて、かなり歪んで屈託がある高校生だったけど、それなりに楽しかった。おしゃれして化粧してゲームセンターやディスコ行って、キラキラと遊んでいた。グレてヤケになって遊んでいたわけでなく、単純に楽しかった。だから今でも同じようなことして遊んでいるような気がする。将来に希望が持てずに、今がよければと思っていたことは確かなのだけど、めくるめく楽しいコトとの新しい出会いに夢中になって、先を考えずに済んでいた。
とにかく家と学校にいたくなったので、友だちや彼氏と一緒にいないときは、一人で映画を観ていた。池袋の文芸座に通っていた。アメリカンニューシネマはここで随分観た。中学生の頃はあれだけ読んでた本も、読書カッコ悪くねって読まなくなった代わりに、一人ひっそりと映画を観続けた。なので、映画を一緒に語れる人もいない。淋しかった。当時今のようにインターネットがあったら、かなり有意義に世界観を膨らませてワクワクできたことだろう。
勉強したいけど、したくない。ツッパった格好して、ビスコンティを語りたいけど、マイケルジャクソンで踊りたい。そんな乖離してるようで、構成されつつある不安定な自分。せいぜい強がって、強く見せることしかできなかった。
そんな高校生の頃、本当の自分を理解してくれる人なんて何処にもいないんだという圧倒的な孤独感を抱えていた。ほとんどの10代はそう思ってるんじゃないか。だって、自分自身が本当の自分なんてわかってない成長期にいるのだもの。だから、これから進んでいく世界の大きさ多様さ可能性について教えてくれる大人が、必要では。どんな大人になっていける可能性があるのか、道標が少なすぎる。