ゲームを楽しもう。
ニーアレプリカント、やってますよ。
うちのテレビが小さすぎるせいで、文字が読めないという難点がありますが、そこは想像力でカバー。
なんとか進んでいるようです。
こないだ4gamer.net に掲載されていた、このニーアレプリカントのプロデューサーの斉藤氏とディレクターの横尾氏のインタビューが面白くて。
その記事はコチラ→http://www.4gamer.net/games/098/G009875/20100709053/
ああ、やっぱりヨコオさんは、すごく良い意味で変な人なんだなぁと思って更に好きになりました。
で、ここに書かれていることを頭に放り込んで色々と想像しながらプレイすると、文字が読めないことなんか全く気になりません。
「こいつら実は○○なのにこんなこと考えてやがるんだ」
「○○したいときは○と○とでやってんのかな」
「○○○して、最後の瞬間は○○するものなのだろうか」
「デポルとポポルは○○○○なんだけど、自分の○○を考えることはあるんだろうか」
とかね。
エンディング後にヨナは結局そうなるんだね。
僕が求めてるのはそういうものなんですが。
んで、やっと楽しくなってきた感じ。
歳とると捻くれた見方をしてしまうようになってくるんですよね。
ゲームをプレイする上では害ってことは分かっているのですが。
つまらないと感じているときは捻くれた見方をしているとき。
楽しんでいるときは何も考えてないとき。
苦手意識というのも、無い方が本当は良いんでしょうね。
僕自身、アフターバーナーやスペースハリアーのようなタイプの3Dシューティングが大の苦手。
そのせいか、FPSやTPSも全然ダメ。
そう、こういう感じが全くもって受け付けないのですよ。
でも、ふと思った。
昔の三国無双で弓矢を打つときって、モロにFPSのような視点でしたよね。
あれはずっと打ち続けてても苦じゃなかったような。
苦じゃないどころか楽しかったような。
別モノだろうという意見も多分にございましょうけど。
DOOMがクソつまらなかったという思い出もこの苦手意識に一役買ってしまっているのかもしれない。
海外で物凄い高評価のゲームってことで、中学生か高校生のときにPC版をやってみたんですよ。
もう、やってられませんでした。
それ以来「FPS=つまらない」になってしまって。
こういう考えはダメだダメだと思いながらも、なかなか消えるもんじゃなくて。
話の方向がわからなくなってきました。
なんでこんなことを考えたかっていうと、最初に書いたインタビュー記事の中でヨコオ氏が
「こだわりは、ないです。面白ければ良いんで。」
と言っていたのが印象的で。
プレイする側は面白い理由なんて考えませんよね。
面白い理由なんて考える暇もなく没頭してしまうはず。
作る側はどうすれば面白くなるのだろうということを考えないわけはないと思います。
じゃあ、つまらないと感じたときくらい何がダメなのか考えてみてもいいのかなと。
どこが面白いと思って作られたのかとか。
ちょっとプレイして肌に合わないとクソゲー、ダメゲーって。
(私も言うことあります。反省。)
人間は意識ができる生物なんですから。
意識すれば変われるはず。
感覚というか本能だけで生きてたら獣と同じですよ。
てことで、ゲームに戻ります。
んじゃ、またね(´∀`*)ノシ バイバイ

