久しぶりすぎてもはやこのブログの存在自体忘れられているであろう。まあ気まぐれ人間なので仕方ないと勝手に割り切らせて頂きます。演奏会の宣伝も兼ねて投稿する。
今年でヴァイオリン歴18年目、アマチュアオーケストラの経験歴は5年目になるわけだが、今日のテーマについてはできているようで実はあまりできていないことだと感じている。もう少し具体的に綴る。
まず音楽をやる皆さんはどんな演奏を目指されているだろうか?私は「人の心に残る演奏がしたい」という想いを常に持ちながら音楽を続けている。では「心に残る演奏」とは何か。私の答えは「個性」に尽きる。これさえあれば心に残る演奏は可能であると思う。裏を返せばこれは必要条件であり、「個性」のない演奏は心には残らない。忘れてはならないのが決して「心に残る演奏」=「上手い演奏」ではないということ。プロの演奏なら必ず印象に残るというわけではない。
この程度のことはほとんどの人がわかっているはずだが、実際に演奏をしていると陥りやすいのが「失敗しない演奏」を追求してしまうこと。繰り返しになるが失敗しない演奏=心に残る演奏ではないので、どういう演奏を目指したいのかはっきりさせておくことが大切だろう。もちろん失敗だらけの演奏が良いとは言わないが(笑)
では「個性」とは何か。いろいろある。例えば「音色」。これは人間の声と同じだ。上白石萌音、玉木宏、福山雅治のような魅力的な声の人(主観)もいれば、佐藤健や染谷将太のように自在に声音を使い分ける人もいる。こうした人たちはとりわけ強く自分の印象に残っている。同様に音楽においても美しい音や変幻自在な音を追求することは不可欠と言えるだろう。
もうひとつ挙げるとすれば「表現」。「表現」の仕方というのは人によって全く違うので個性の最たるものと言える。その中でも特に重要だと考えているのが「表情」。表現には「表情」が必須だ。ただこれを忘れてしまっているケースをしばしば見かける。日本人はあまり表情を表に出さないが故だろうか。子供なんかを見ていると、楽しそうとか悲しそうとか感じることがよくあるだろう。ところが大人になるとそうでもない人が一定数いる。いわゆる「人間味がない」と言われる人だ。こういう人は「楽しい」のか「悲しい」のか「つらい」のか「怒っている」のか、見ててもよくわからず同じに見えてしまうことがある。しかしこれらはどれも全く違う感情だ。音楽も同様で表情のない演奏は、聴いている方に伝わらぬ故に非常に単調でつまらない音楽という印象を与えてしまう。また表情がないのに表現をしようとしても取ってつけたようなものになってしまう。石像のような顔で「楽しい」とか「愛してる」とか言っているようなものだ(?)。音楽に表情は必須だ。
そして表現には"伝えたい" "伝える"という意識が大切だ。どんなに個性的な表現も"伝わらな"ければただの自己満足で終わってしまう。私は音楽づくりにおいて音楽を通して伝えようとする意志と、相手へ伝わる為に客観的に自分の演奏を聴くことを心がけるようにしている。それがきちんと伝わったときに初めて私は「演奏は成功した」と思っている。
さて最後に演奏会の宣伝。2021.3/6 14:00〜演奏会に出演するので、お時間がある方は是非足を運んでください。奏者側としてはマーラー10番、シベリウス7番は20分以上切れ目がない上に様々な展開をする点が難しいと感じていますが、作曲家の魂を深く感じる曲です。篠崎先生も表現が豊かな素晴らしい指揮者です。是非いらしてください。

