岩佐美咲 12枚目シングル『合鍵』2026年2月4日(水)発売!
【Type-A】MAXI (CD)
1. 合鍵 (作詞:秋元康 作曲:SABURO 編曲:野中”まさ”雄一)
2. マリブの海へ連れてって(作詞・作曲:山崎あおい 編曲:山崎あおい・長江徹)
3. 合鍵(カラオケ)
4. マリブの海に連れてって(カラオケ)
【Type-B】MAXI (CD)
1. 合鍵(作詞:秋元康 作曲:SABURO 編曲:野中”まさ”雄一)
2. 祈り(作詞・作曲:山崎あおい 編曲:山崎あおい・長江徹)
3. 合鍵(カラオケ)
4. 祈り(カラオケ)
※Type-AとBは異なるジャケットデザイン
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岩佐美咲 新曲「合鍵」キャンペーン広島開催決定!
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【日程】 2026年7月4日(土) 13:00~
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【会場】 タワーレコード広島店 店内イベントスペース
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【イベント内容】 歌唱ステージ&特典会
岩佐美咲「鞆の浦慕情」聖地巡礼1 2014年の思い出の地を巡る
仙酔島~鮒番所跡~波止場~雁木~常夜燈 2025年8月26日
25/8/27長崎スタジアムシティハピネスアリーナで第1回ゴールデンステージが開催されることになりました。このイベントに合わせ私は長崎に遠征することになりました。8/25に福山に泊まり、8/26に岩佐美咲さんのヒット曲「鞆の浦慕情」の聖地である鞆の浦を訪問しました。8/26鞆の浦のレポート2回に分けて書きますのでよろしくお願いします。
福山到着
姫路からは在来線で2時間半、福山駅に到着しました。福山市は広島県にありますが、広島市からは独立しており、独自の文化圏を構成していると思います。新幹線ののぞみが止まることからもわかるように、中国地方の一つの拠点ともなっている都市です。
福山駅北口を出るとすぐに目に入るのが福山城、ライトアップもされて大変美しいお城です。
福山城(広島県福山市)は、1619年に築城され、江戸時代後期に完成した「最後の名城」です。水野勝成により築城された後、明治期に廃城・取り壊し、太平洋戦争の空襲で焼失しましたが、1966年に天守閣などが復元され、現在は福山の歴史を伝える博物館となっています。特に、北側のみ鉄板張りという全国でも珍しい構造が特徴で、駅ホームから間近に見えることでも知られています。
以下のMV画像は鞆の浦慕情付属DVDより引用
広島の福山・鞆の浦は、景勝が見事であるというだけでなく、歴史の町であるということも、観光に訪れる人が多い理由です。海外から足を運ぶ人もいるほど、鞆の浦は日本が誇る歴史の町といってもいいでしょう。現在の広島県福山市の鞆町という鞆の地域(仙酔島、弁天島、つつじ島、皇后島、玉津島、津軽島を含むエリア)は、古代より潮の流れに左右された海運にとって要衝の地とされ、「潮待ちの港」と呼ばれ繁栄していました。人々が交流する場所であっただけに、布教の拠点ともなり、古刹が多く残っています。
鞆の浦慕情(2014年1月8日発売)
「鞆の浦慕情」は秋元康により作詞、宮島律子により作曲されている。AKB48の楽曲を演歌バージョンにして「恋するフォーチュンクッキー」も収録されている。徳間ジャパンによると、演歌らしさを強く打ち出すため、秋元康が港や海を歌詞のテーマに設定、『崖の上のポニョ』のモデルとされ、、「趣のある港町の風景が曲のイメージに合っている」として広島県福山市の鞆の浦が選ばれた。MVはは2013年11月22日、岩佐が鞆の浦を訪れ、国史跡・対潮楼や弁天島などで撮影された。歌詞に合わせて仙酔島や常夜灯が登場する。2014年1月20日付のオリコン週間シングルチャートで、自身初の首位を獲得した。演歌歌手による首位獲得は、氷川きよしの「ときめきのルンバ」以来約4年5か月ぶり、10代の演歌歌手に限ると城之内早苗の「あじさい橋」以来約27年7か月ぶりとなった。
【初回限定盤 収録内容】
1. 鞆の浦慕情
2. 恋するフォーチュンクッキー<演歌バージョン>
3. 異邦人
4~6.上記楽曲のカラオケ収録(予定)
【DVD収録内容】
1.「鞆の浦慕情」MUSIC VIDEO
2.「恋するフォーチュンクッキー」<演歌バージョン>特典映像
3.「鞆の浦慕情」 MAKING VIDEO
【通常盤 収録内容】
1. 鞆の浦慕情
2. 恋するフォーチュンクッキー<演歌バージョン>
3. 赤いスイートピー
4~6.上記楽曲のカラオケ収録
2014年1月8日発売の岩佐美咲(AKB48)の3rdシングル「鞆の浦慕情」。この歌は,福山市を代表する「鞆の浦」を舞台に,大人の恋のせつなさを表現した歌となっています。歌詞には,仙酔島や鞆の津の港湾施設5点セットなどが登場し,潮待ちの港「鞆の浦」の魅力を存分に歌い上げています。岩佐さん自身も「今回は新曲『鞆の浦慕情』の舞台になっている,広島県の鞆の浦に行って撮影をしました。曲の歌詞と風景がマッチしていて…歌詞に出ている場所へ実際に行けるというのは,とても曲へのイメージがつかめました!」とコメントしています。福山市では,岩佐さんを「福山・鞆の浦応援特別大使」に任命し,観光地・鞆の浦を全国にPRしました。

鞆の浦慕情 作詞:秋元康 作曲:宮島律子 編曲:野中“まさ”雄一
メイキング映像では船場から離れる際に岩佐さんが手を振っているシーンがありますね。

仙酔島から離れます。
MVでもきれいな夕陽をバックに、波止場の情景が美しく描き出されています。岩佐さんが歌う鞆の浦慕情の情感にもマッチして、私一人切波止場に立つ・・・残した愛も残された愛も潮待ち港 鞆の浦慕情お港♪という切なさがよく表れた場面です。波止場のシーンはこの歌の表す心情を一番よく表現する大事な場面と言えると思います。
雁木
潮の干満に関らず船着けできる石階段、それが雁木です。満潮時には最上段が岸壁となり、干潮時には最下段が荷揚げ場となります。雁が飛ぶさまに似ていることから「雁木」と呼ばれるようになったんですね。最上段には明治から昭和期に作られた円柱形の船繋石(ふなつなぎいし)が等間隔で並んでいます。全国でも類のない鞆の浦の雁木の雄大さ。今では、鞆の浦の代表的な景観として、住民や観光客がゆったり腰を下ろす憩い場となっています。江戸初期に福島正則の家老・大崎玄蕃が満越(道越)の西側に雁木を造ったと文献にはありますが、昭和30年代にコンクリートで覆われています。また大坂屋が東浜に造営した雁木(対仙酔楼前のズベリと呼ばれる傾斜した石敷道)も、現在では県道となっています。
鞆物語サイトより引用
現在残っている雁木は、常夜燈前の「浜の大雁木」です。これは、1811(文化8)年に涌出岨(わくでそ)を埋め立てた際に造られたもので、「涌出岨浜大雁木」とも「保命酒浜大雁木」とも呼ばれています。鞆湾に情趣を添える、後世に残したい石階段です。
常夜燈
鞆港西側の雁木の南端に立つ常夜燈(とうろどう=燈籠塔)は、何と言っても鞆の浦の1番のシンボルです。「安政六年己未七月」(1859年)に建造されました。南に弓状の港を有する鞆の浦は多島海の天然の良港で、豊後・紀伊水道がぶつかる瀬戸内海の中央部に位置し、“潮待ちの港”として栄えました。1826年、オランダ商館の医師・シーボルトは『江戸参府紀行』の中で「活気に溢れた町」と記しています。その港町の海上安全を支えたのが、この常夜燈なのです。竿柱の南面に「金毘羅大権現」、北側に「当所祇園宮」の石額を掲げていて、海上安全の守護神に対する寄進燈籠という形式をとっています。1871年の公文書に「油一日五勺、燈しん一日五厘」とあり、当時は油(ニシン油)の燈火で海を照らしていました。
江戸期の港湾施設である常夜燈、雁木、波止場、焚場跡、船番所跡がほぼ完全な形で現存しているのは、全国でも鞆港だけなんです。ちなみにこの常夜燈は、海中の亀腹型石積まで含めると10mを越す大きさで、港の常夜燈としては日本一。瀬戸内の誇れる景観です。現在残る常夜燈は、太田家(当時は保命酒屋・中村家)がある西町が勧請して寄進したものです。対して、反対側の波止の先端には大坂屋が寄進した唐銅燈籠(からがねどうろう)が建っていたといいます。明治15年の水害で流されたもうひとつの幻の燈籠。文章は鞆物語サイトより引用

























































































































































