「ジャパンウエー」の呼び名の下、豊富な運動量やスピード、技術を磨き、日本代表を躍進させたジョーンズHC。「レガシー(遺産)を基に、日本らしいプレーを続けてほしい」とエールを送る一方、「今後はきちんとした計画が必要」と育成システムの構築を要求した。年間120日にも及んだ代表合宿では戦術確認だけでなく、筋力や走力の向上にも時間を割いた。指揮官は「本来なら所属チームのやること」。特に成長期の高校、大学の強化態勢には「指導者に従順なあまり、状況判断のできる有能な選手が生まれない」などと常に疑問を抱いており、「日本(だけ)で通用するラグビーをやっている」「自分たちのことにひっきりなし」と大学ラグビーに見切りをつけた。代わりに提案したのが有望な16~18歳を発掘し、集中的に鍛えるエリート養成。人口約450万人のニュージーランドの強さの源流を「国民を挙げてオールブラックス(代表チーム)を育成しようとする心があるから」とし、育成システムの整備に本腰を入れれば強化は軌道に乗ると訴えた。後任監督については国際経験が豊かな人物を推奨し「日本人コーチは海外のトップレベルの指導法を学ぶべき」と日本人監督には否定的だった。今後の日本復帰に関しては「才能ある選手の育成システムができること」と、最後まで日本ラグビー界の変革を訴えた。29日に上海の日本人学校で講演した際、五郎丸歩(ヤマハ発動機)のキック前のポーズを児童500人のうち300人が再現できたと紹介。「日本にラグビーブームが起こった。4年前、国民が誇りに思うチームを築きたいと言ったが、それがなされた」。選手には「今はスーパースターだが、ハードワークを惜しまずに」とメッセージを贈った。退任後は世界最高峰リーグ「スーパーラグビー」のストーマーズ(南アフリカ)監督に就任する。