今月24日に胆管がんで亡くなった川島なお美さん(享年54)の夫、鎧塚俊彦氏(49)は25日、フェイスブック(FB)を更新し、「妻なお美の携帯電話を初めて見ました。亡くなる前日に多くのメールが発信されていました。内容は10月に私の誕生日サプライズパーティーを開こうというもの。偽の雑誌取材企画まで作って。『Toshiにはサプライズだから絶対内緒にしてね』で締めくくってありました。遺品を整理していて妻の愛情をあらためて感じることの連続で涙が止まりません」。24日午後7時55分に川島さんが都内の病院で亡くなり、3時間後に鎧塚氏がFBで「息を引き取るまで川島なお美は川島なお美のままでした。本当に立派でした」と報告。25日午前1時40分に遺体となった川島さんと帰宅した。憔悴した表情で、「きちんとみとれました。立派でした。川島なお美として」と対応した。大好きなワインレッドのドレスを着てメークを施され、美しいままでいるという。川島なお美さんが、13年7月に病気が判明した時、余命1年と宣告されていたことが25日、分かった。都内の墓地を下見し、死後の準備をしていたことも分かった。夫でパティシエの鎧塚俊彦氏(49)も、川島さんが下見した墓地を購入する意向を示しているという。同じ所属事務所のタレント山田邦子(55)がこの日、TBS系「白熱ライブ ビビット」(月~金曜午前8時)で明かした。川島さんとは家族ぐるみで親交があり、鎧塚氏から話を聞いたという。川島さんは病気が判明した13年7月に余命宣告を受けていた。しかし同年11~12月に舞台出演の予定が入っていた。出演を終え、年が明けて14年1月に腹腔鏡手術を受けたが、宣告から手術まで半年の空白期間があったことについて、山田は「鎧塚さんが『悔やまれる。早く行けば良かった』と言っていた」と、語った。川島さんは各界著名人が「墓友」として共著した「私の死生観」でも記されている東京・麻布十番の寺を2度、訪れていた。最初は昨年4月で、1人で寺に現れた川島さんについて、寺の関係者は「特に体調が悪い様子でもなく、ごく普通に見えました。ただ、購入には至りませんでした」と話した。しかし、「-死生観」の共著者で、同寺で墓を購入している作曲家三枝成彰氏は「今日、鎧塚さんから電話で、『一緒の場所でという方向で考えています』と話がありました。(川島さんが)遺言を残していたのかな」と話した。川島さんとは7月下旬に食事をしたといい、「墓仲間たちと毎年4月に食事をする会に今年は彼女は来られなかった。来年は…と話していました。残念です」