池部良さんが死去 | KONCHAN音楽プロデューサ-のよもやま話

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「俳優の池部良(いけべ・りょう)さんが8日午後1時55分、敗血症のため東京都内の病院で死去した。92歳。東京都出身。父は画家、漫画家として知られた池部鈞。立教大在学中に東宝撮影所のシナリオ研究生となり、1941年、東宝の文芸部に入社。同年、島津保次郎監督に望まれ映画「闘魚」で俳優デビューしたが、召集されて活動は中断した。戦後「青い山脈」(49年)「暁の脱走」(50年)などに相次いで主演。その後、小津安二郎監督の「早春」(56年)では、倦怠期のサラリーマンを好演。「雪国」「暗夜行路」など。60、70年代の東映任侠映画「昭和残侠伝」シリーズでは、高倉健さんが演じる主人公と敵対しながら友情で結ばれる役柄。生涯の映画出演作は150本以上に上り、今井正さん、市川崑さんといった名監督に多く起用された。文筆家としても知られ、主な著書に「池部良の男の手料理」「風が吹いたら」「そよ風ときにはつむじ風」など。日本映画俳優協会の理事長も務めた。画家岡本太郎さんはいとこ。映画監督・篠田正浩さん「私の作品が特集されたニューヨーク映画祭で、9月25日に主演作「乾いた花」(1964年)が上映されたばかり。ショックです。池部さんはこの映画の直前に舞台を降板、『せりふが3行しか言えない』とレッテルを張られたが、それまでの素晴らしい演技に見ほれていたから、一ファンとして出演をお願いした。撮影では、せりふが7ページにわたるシーンをワンカット、NGなしで演じてくれた。優雅で厭世的な悲哀を醸し出し、文芸映画に欠かせない俳優だった」