つかこうへいさんが死去 | KONCHAN音楽プロデューサ-のよもやま話

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「蒲田行進曲」「熱海殺人事件」など反権力や社会的弱者を題材にした作品を数多く発表、戦後の演劇界を代表する演出家、作家のつかこうへい(本名金峰雄=キム・ボンウン)さんが10日午前10時55分、肺がんのため千葉県の病院で死去した。62歳。福岡県出身。今年1月、肺がんであることを公表。治療を続けていた。慶応大在学中からアングラ劇の活動を始め、1974年に「熱海殺人事件」で岸田国士戯曲賞を当時の史上最年少で受賞。同年「劇団つかこうへい事務所」を設立し「初級革命講座飛龍伝」「ストリッパー物語」などで70~80年代初めにブームを起こした。82年、戯曲を小説化した「蒲田行進曲」で戦後生まれとして初めて直木賞を受賞。深作欣二監督で映画化もされ、大ヒットした。94年に東京都北区と、95年には大分市と組んで劇団を設立。演劇による地方からの文化発信に貢献した。主な戯曲に「広島に原爆を落とす日」「幕末純情伝」「寝取られ宗介」、著書に「娘に語る祖国」シリーズなどがある。91年読売文学賞、2007年に紫綬褒章。風間杜夫「訃報に接し、衝撃を受けています。今はまだ、とても信じたくない。入院されたことは知っていたが、人一倍、いや100倍200倍ものエネルギーを持っている人なので、必ず元気な姿を見せてくれると確信していた。つかさんの教えを胸に刻んで芝居をすることだけが、僕に出来る恩返しです。心からご冥福をお祈りします」。萩原流行「3年前かな、仕事で韓国に行くつかさんと同じ飛行機便で、久しぶりに会った。つかさんは『男はさみしいね』と言って、現地で朝まで一緒に飲んでカラオケをした。それが最後になった。こんなに唐突に訃報を聞きたくなかった。つかさんは自身の『蒲田行進曲』の(花形スター役)銀ちゃんそのもの。人間の優しさももろさもすべてあった。彼は芝居では愛しか伝えていない。それを直球で投げて陳腐にならない。彼のような人はもう後世には出ないだろう」。阿部寛「厳しい中にも、常に役者への愛情が満ちあふれている方でした。20代の後半に、つか先生に出会え、役者として生きる自信を教えていただきました。ただただ感謝の気持ちでいっぱいです。できれば、あと一度だけ、先生の舞台が踏みたかったです」