高橋尚子、引退正式表明、会見 | KONCHAN音楽プロデューサ-のよもやま話

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シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子が28日、現役引退を正式に表明した。04年アテネ五輪の出場を逃し、北京五輪を目指したものの、今年3月の名古屋国際で27位と惨敗して五輪への道は閉ざされた。しかし11月の東京国際、来年1月の大阪国際、同3月の名古屋国際と続く日本の3大女子マラソン連続出場という前人未到の挑戦を目指し、5月末から米コロラド州ボールダーで高地合宿を続けてきた。結果的にはレースで戦えるだけの体調が整わなかったことからレース出場を断念。


引退を決意したきっかけは?
「故障や調整不足ではなく、“プロ高橋尚子”として堂々とスタート地点に立てる走りができなくなった。“出ればいい”という走りはしたくない。7、8月に試行錯誤する中で、精神的にも肉体的にもこれが限界と感じるようになった」
本当に完全燃焼なのか?
「全力で練習しながら、今まで通りに走れず一抹の不安と焦りを覚えていた。試合も練習も同じ気持ちでやってきた。毎日全力疾走でやってきて、完全燃焼できない日が続いた。『試合に出たから完全燃焼』というわけではない」
小出監督から離れたチームQでの3年間は?
「今の自分があるのは小出監督に育ててもらったおかげ。五輪や世界記録を出させてくれた大切な方です。でも、自分でメニューをつくり自分の足で歩いた(チームQの)3年間も充実していた。ただ、4人でもまとめていくのは難しく、辞めていく仲間も。そこは私の力不足。世の中の社長さんはスゴイと思う。人間として勉強させてもらった」
次の目標、夢は?
「具体的には決めていないが、陸上を若い世代に伝え、楽しさを普及させたい。多くのファンに支えられてきたので、あとの人生はそのお返しをしていけたら」
北京五輪では38歳のトメスク(ルーマニア)が勝ったが?
「トメスクさんには頭が下がる思い。多くの人に夢を与えるレースだった。自分を奮い立たせてはくれたが、でも現実的には立て直すことはできなかった。野口さんの欠場はショック。私も同じような立場で欠場したことがあるので、本人にメールを送信したが、アドレスが変わっていて戻ってきてしまった(笑い)」
印象に残るレースは?
「(海外デビューの)アジア大会、(金メダルの)五輪、(当時世界記録の)ベルリン…。どれも思い出深い。でも、2度目のマラソンで日本新を出せた(98年の)名古屋が、マラソン人生では最初の転機になった」
支えてきた曲は?
「ずっと支えてくれたのはB’zのultra soul。キツい練習の前に何回も聴いて、その歌詞に励まされた」
ファンに対して。
「長年支えてくれた声援に感謝したい。『よく頑張った』とか『勇気をもらった』とか言われるが、マラソンは1人で走れるわけではなく、スポンサーがいて、報道があって全国に伝わり、大会は警察の方もいて成り立っている。道路を造る人、整備する人もいるのに、その人たちがそんな言葉をかけられることはない。すべての人に『ありがとうございました』と言いたい」