前回、刑法における因果関係の議論について少し触れました。民事の領域にも関係する論点ですので、ここでお話しようと思います。
刑事において既遂犯として評価するには、犯人の実行行為と発生結果の間に因果関係が認められることが必要とされますが、それでは如何なる場合に、因果関係ありといえるのかということが問題になるのです。
学説は、(1)実行行為と結果の間に、「実行行為がなければ結果も発生しなかった」という条件関係があれば足りるとする条件説と、(2)条件関係の存在を前提に、その実行行為からその結果が発生するのが相当といえることが必要とする相当因果関係説に大別されるといわれます。
そして、(2)の相当因果関係説には、相当性判断を、①犯人が認識し、若しくは認識可能であった事情のみを基礎とする主観説、②一般人が認識可能であった事情および犯人が特に認識していた事情を基礎とする折衷説、③実行行為時に客観的に存在した一切の事情を基礎とする客観説があるとされます。
これらのうち、条件説と主観説は少数説で、折衷説が多数説ですが、客観説も有力とされています。
判例は、条件説に近いともいわれてきましたが、必ずしも特定の説に立っているわけではないというのが最近の評価です。
被害者に外見からはわからない特殊な疾患があったために、犯人から受けた比較的軽微な暴行に起因して落命してしまったような場合、条件説や客観説からは因果関係が肯定されますが、折衷説からすれば、犯人がその疾患を知っていた場合はともかく、そうでなければ因果関係は否定されやすいでしょう。
ただ、特殊な疾患といっても、社会には見えない疾患を抱えた人が一定数存在するのが確かであることを重視すれば、折衷説に立ちながら因果関係を肯定することも可能でしょう。
先日お話しました、藤木英雄教授はそのような見解です。
刑事において既遂犯として評価するには、犯人の実行行為と発生結果の間に因果関係が認められることが必要とされますが、それでは如何なる場合に、因果関係ありといえるのかということが問題になるのです。
学説は、(1)実行行為と結果の間に、「実行行為がなければ結果も発生しなかった」という条件関係があれば足りるとする条件説と、(2)条件関係の存在を前提に、その実行行為からその結果が発生するのが相当といえることが必要とする相当因果関係説に大別されるといわれます。
そして、(2)の相当因果関係説には、相当性判断を、①犯人が認識し、若しくは認識可能であった事情のみを基礎とする主観説、②一般人が認識可能であった事情および犯人が特に認識していた事情を基礎とする折衷説、③実行行為時に客観的に存在した一切の事情を基礎とする客観説があるとされます。
これらのうち、条件説と主観説は少数説で、折衷説が多数説ですが、客観説も有力とされています。
判例は、条件説に近いともいわれてきましたが、必ずしも特定の説に立っているわけではないというのが最近の評価です。
被害者に外見からはわからない特殊な疾患があったために、犯人から受けた比較的軽微な暴行に起因して落命してしまったような場合、条件説や客観説からは因果関係が肯定されますが、折衷説からすれば、犯人がその疾患を知っていた場合はともかく、そうでなければ因果関係は否定されやすいでしょう。
ただ、特殊な疾患といっても、社会には見えない疾患を抱えた人が一定数存在するのが確かであることを重視すれば、折衷説に立ちながら因果関係を肯定することも可能でしょう。
先日お話しました、藤木英雄教授はそのような見解です。