連載小説「飛べない鳩たち』
続き 



ニ、そうすけ のママの場合
 
 お風呂は入る時間をだいたい申告して順番に入る。ちょっとした銭湯くらいの広さでとても快適。
 私はだいたいご飯を食べて,九時からの赤いシリーズなどのドラマが始まる前の十分間のニュースの時間にお風呂に入ることにしていた。
 その時間はいつも、寮の玄関のロビーに足を組んでタバコを吸っているそうすけ ママがいた。長い髪の毛を片方に寄せ色白のうなじがくらやみに揺れ近寄ると香水の匂い、そして、テレビの女優のような完璧なメイク、大きな吸い込まれるような瞳が子どもの私から見ても妙に艶っぽくで,そばによるとドキドキした。
 でもそこを通り過ぎないとお風呂場にはいけず仕方ないので。 
「こんばんは」と小さな声でいって通り過ぎようとするのだ。
 でもいつも,おいでと言って抱き寄せてくれる。「女の子はいいね、そうくんは男の子だからママの気持ちはわかってくれない」
 という。
「好きな子いるの?」
  「前の学校にはいたんだど、今度のところは2学期からだからいない」
「いい男なの?」             「うん、消しゴム貸してくれた」
「優しい男はいいんだけど,優しすぎるのはダメなんだよ、わかる?」
 
 その夜から何日かたって
 夜またお風呂に行こうとしたら、今度はそうすけがその場所で大泣きしている。
「ママー、ママが帰ってこない」 
 そうすけ は、ママそっくりの色白で綺麗な3歳の男の子だった。サラサラのおかっぱ頭が余計儚げで私は泣き止むまで抱きしめていた。
 結局その夜、ママは帰ってこなかった。
 次の日も,次の日も。
 寮の3階に,寮母さんが2人の息子と住んでいた。そう、寮母も母子家庭なのだ。そうすけ はしばらく寮母さんが自分の部屋で見ていたが、もう限界だと,児童相談所に連絡しようとしていた時、ママが泣きながら酔っ払って帰ってきた。
「ママー
「そうちゃん,ごめんね、ごめんね、
 
 そうちゃんママはそればかり言いながら、繰り返しそうすけ を抱きしめていた。
 私はその顔を見て
「綺麗なママは涙が黒いのだ」と思っていた。寮母さんが
「また男に捨てられたのか、そうかそうか」。
 と,ママを抱きしめて、男なんて糞食らえじゃ!と豪快に笑った。
 ママはそれに対して
「彼は今までの人と絶対違うと思ってたのに」
 と。
「今までの男と違って本当にあんたのこと愛しているなら、そうすけのこと連れておいでと言ってくれるわー、ほっとけとは言わんで」と寮母さん。
 どうやらこんなことは何回もらしい。「男に溺れると,仕事も子どももわからなくなるんよ,悪い癖じゃ」と一緒に見ていた、房子ちゃんママが言う。 そうすけ ママもなかなかここから出て行けず、もう3年もいるという。
 最近、看護師の資格のある,私の母の姿を見ては
「手に職をつけんとダメね私も」と
 そうすけ ママが言うようになった。
 母は離婚してどんどん強くなる、父の暴力やお金に影で泣いていた母はどこにもいない。
 どんどんパワーアップしている気がする。
 でも私は、しなやかで男に捨てられてオイオイ泣いているそうすけママのほうに魅力を感じている。いつもいつも抱きしめてくれた艶かしい化粧と、きつい香水の匂い、そしてか細い声、確かにそうちゃんママは、おんななのだと、六年生の私はそう感じていた。