ブレイブリーダディーのブログ

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中学硬式野球のち高校吹奏楽部時々韓流ドラマ・・・私の日常に起こったことをつづります(*^ー^)ノ

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昨日、娘の吹奏楽部クラリネットの定期演奏会『オータム・コンサート』がありました。


この演奏会を最後に3年生部員は引退となり、普通の女の子マドモアゼルに戻れます()

(キャンディーズキャンディー*苺の名言・・・わかります?)


一昨年の4月に入部して以来、部活漬けの毎日・・・通常でも夜夜8時過ぎないと家に帰らず、コンクールが近くなると朝練・居残り練習が始まり、当然のごとく土、日、祝日も朝から晩までクラリネットクラリネット吹きまくり・・・おかげで3年連続北海道吹奏楽コンクール、1年生の時に北海道アンサンブルコンクール、高文連全道大会などの数多くの大きな大会への出場することができました。


娘にとっても私たち親にとっても良い思い出になりました。


ただ・・・すべてをなげうって部活に捧げた3年間、当然弊害も出る訳で()


成績が落ちることによる親子の確執けんか、バスがない時間帯の練習のくるま。R送迎、休み無く作らなければならない弁当べんとう・・・


娘にとっても私たち親にとってもほろ苦い思い出になりました()


オータム・コンサート当日の朝、娘を会場の地元の文化センターへ送って行きましたが会場を見ただけでうるうるし長女Aだしまして『まだ早いわ!』とツッコむ私(笑)


娘を置いて家に戻り、嫁にその件を話すと嫁もうるうる泣き2・・・『見てもないのに聞いただけでもらい泣きかい!』と再びツッコむ私()


涙腺が緩い親子です


夕方6時よりコンサート開始です。


2部構成になっており1部はコンクールなどで演奏した曲『木星』など3曲を演奏、いろいろな大会の思い出が甦ってきました。


2部は部員手作りのブラックライト音楽劇『眠り姫』、女流演歌コレクション、合唱で道化師のソネット、ポップスのメドレーなど部員のユーモア溢れる演出を交えながらの会場の老若男女を楽しませる内容となっておりまして会場もノリノリでしたね。


娘を含めた部員達みんなもコンクールと違い重圧がない分とっても楽しんでキラキラきらきら輝いてました。


予定の演奏がすべて終了しても鳴り止まない拍手・・・アンコールで2曲さらに演奏、コンクールで自由曲に選んだ曲でした。


終わったので帰ろうとしたのですが一般のお客様が帰ってから保護者だけもう一度ホールに入り今年は何やら『帰宅式』というのが企画されているとのことなので残りました。


楽器が片付けられたステージにピアノピアノが置いてあり部員達がスタンバイ。


保護者もステージに上がり部員達から3年間の感謝を込めた合唱のプレゼント。


心のこもった暖かい天使天使の歌声でした。


そのあと娘たちから保護者へ花束花束をプレゼント。


言うまでもなく嫁と娘・・・大号泣号泣


私とも固い握手らぶ、よく3年間頑張ったね 『ねぇちゃん』


最後に顧問の先生から


『この3年間、お子さんをお預かりいたしました。彼女たちはご家族といるより部活で過ごす時間の方が長かったと思います。部員が姉妹であり家族だったと思います。今日を持ちましてお子さん達を親御さん達のもとへお返しいたします。ありがとうございました。』


こうして昨日、娘が私達のもとへ帰ってきました。


『お帰りなさい、ねぇ ちゃん』

昨日決勝トーナメントがありました。


本当は一昨日野幌の第三試合だったのですが開始早々に雨雨が降り出し一回の表2アウト取ったところでグランドが湖になってしまい…その後事務局、選手、保護者で懸命にグランド整備したのですが回復に至らず…関係者の皆様ご苦労様でした。


急遽、次の日のニセコの第一試合に変更。勝てば二回戦を同日の第三試合におこなうという いわゆるダブルヘッダーになりました叫び

4時に出発し三時間程の移動かでニセコ町営球場へ到着。初めて来ましたが整備の行き届いた良い球場でしたグッド!


試合内容ですが正直強豪Sシニアさんとどこまでやれるのか不安でしたがウチの選手達気負うことなく今シーズン一番の気合いで試合にのぞみました。


お互い1回から6回まで点をやらない締まった試合でスコアリングポジションにランナーが進むも投手の踏ん張りや好守で切り抜ける見応えのあるゲームでした。


しかし7回表に先頭打者にヒットを許し、その後も打ち取ったと思われる当たりがポテンヒットとなりノーアウトで苦しい展開さすがにSシニアここというとこでのタイムリーで虎の子一点が相手チームに…その後気落ちしたわけではないのですがランナー2、3塁の場面でファーストフライが上がった時にホームが空いてしまいタッチアップでランナーがスタートしカバーが遅れ後逸、二塁ランナーにも得点を許してしまいました。その後はきっちり後続を打ち取り最後の攻撃へ・・・


七回裏ランナー出るも後続が続かずゲームセット。最後のミスは今後の課題として修正していくとして、ともかくウチの今季屈指のナイスゲームだったと思います。


あっちなみに息子は出場機会なくてベンチから念を送ってました()


来季に向かって我がチーム今日からまた練習を開始してます

先日、娘の吹奏楽クラリネットを見るため岩内町に行くことがありましてその途中、現在余市町にいる高校時代の恩師を訪ねました。


空知地方の某工業高校土木科を25年前に卒業した私・・・


今回訪ねた恩師は担任ではなく土木科の科長先生で熱血漢あふれる方でした。


正直そのころは苦手な先生で『根性打込み棒』剣道(竹刀・青弦)なる棒で脳天やお尻フェチをバシバシ叩き、『この!はんか臭せ者が!』(北海道弁で馬鹿者)と生徒を一喝、コワイ先輩達リーゼントからも一目置かれる存在でした。


でもいつも建前ではなく本音で生徒と向き合ってくれる先生で1年生から3年生の生徒まで人気がありましたね。


また面倒見が良く『測量士補』という高校生で取得するのは難しいとされている国家資格があるのですがプライベートの時間を割いて毎日夜遅くまで勉強を教えてくれ、また奥さんも毎日のようにおにぎりなどの差し入れを作ってくれたと聞いております。(私は拘束されるのがイヤで参加してませんでした麻雀(笑))


その甲斐あって単年度で10名以上の合格者を出すという快挙を成し遂げ当時の新聞新聞にも大きく取り上げられ、その功績で今でも出版社から先生が監修している問題集が出ているはずです。



そんな先生に対し今でも感謝していることがありますおじぎ


3年生の冬、将来の進路を就職希望としていた私、就職難の時期だったので半ば強制的に学校に振り分けられた企業に内定していたのですが、あとになって地元の町役場の職員採用の募集がきまして担任や進路指導の先生に受けさせてほしいとお願いしたのですが


『内定しているのに蹴って他を受けるなんてダメに決まってるだろ』


『お前が勝手なことして次年度以降うちの高校に求人が来なくなったらどうするんだ』


『学校のルールだ・・・縁がなかったんだ諦めろ』


と言われ諦めるしかないと思っていた時、科長先生からも呼び出しを受け科長先生にもお小言を言われるんだと思い、呼び出された部屋へ行きました。


『お前、役場の採用試験受けないのか?』


『はい・・・すでに内定していますし、学校のルールですから諦めます・・・』


『お前、それで後悔しないでその会社で一生働けるのか?』


『・・・・・わかりません』


『それでいいのか?一回しかないお前の人生だぞ。チャンスがあるならなんでチャレンジしないのよ。』


『先生・・・無理言わないでください。ダメだって言ったの学校でしょ!』


『バカ野郎!後悔するぐらいなら受けてこい!もし受かって学校や内定している会社に謝ることになったら俺が一緒に謝ってやるから心配すんな。今晩お前の家に行って俺の口から母さんにも説明してやる。』


『そんなことして先生やばくないの?』


『怒られるだろけど少しの間のことだ。それより教え子の将来の方が大事だ。』


みんなが諦めろと言った中で科長先生だけが私にとって最良の道を考えてくれて背中を押してくれました。


試験の結果は力及ばず採用とはなりませんでしたが後悔せず、現在もいられるのは先生のおかげですしあの時、孤独感の中先生が手を差し伸べてくれて本当にうれしかった。

卒業後、先生は小樽に転勤になり、故郷の余市に家を建てたと聞いていました。


コーヒーコーヒー好きでいつも『俺は教員を定年退職したら故郷の余市で喫茶店やるのが夢なんだ。お前ら偉くなって俺のコーヒー飲みに来いよ。』と言っていました。


あれから25年・・・日々の忙しさに紛れ、先生に会いに行くこともせず所在もわからくなってしまっていたのですが、先日偶然ネットで懐かしい名前がヒット。


先生・・・去年の町長選挙選挙演説に出てた!負けてたけどガックリ・・・・・・その記事から昔言ってたように喫茶店をやっていることが判明。


その名も 『余市珈琲園』 


先生らしい故郷への愛着心あふれる、余市だからそのまんまのネーミング(笑)


すぐに腐れ縁の友人Nに連絡。会いに行くことを決めました。


恐る恐る店のドアドアを開けるとちょっと老けたけど懐かしいの顔のマスター


『いらっしゃい。空いている席へどうぞ』


私たち顔を見ても気づきませんでした。それもそのはず当時のイケメン君松田祥一くんは今ではメタボ腹っ!の親父に成り下がっているのですから。


席につくと奥さんが水を持ってきてくれたので


『すいません。実は私たちマスターの教え子でこういう者です。』と奥さんに名刺を渡しました。


その名刺を見て喫茶店のマスターが25年の時間をさかのぼって先生に戻りました。


『おお!お前ら なんだ来てくれたのか懐かしいな!よくわかったな。』とがっちり握手らぶ


それからは同級生の近況や先生達の近況を矢継ぎ早に報告しあい、おいしいオリジナルブレンドコーヒーを3杯もゴチになりました。


相変わらず話上手で歳はとったけど目ヂカラはまだまだ健在、安心しました。


『定年後に専門学校から講師の誘いもあったんだけど教え子たちみんなに定年したら喫茶店やるから飲みに来いって言ったのに店やってなかったら嘘つきになっちまうし、余市で低価格で年金暮らしの人達も気軽に話しに来れるとこ作りたかった。』


先生らしい・・・



『この店寿司屋の跡だから二階に宴会場があるんだ。おまえらみんなで泊りがけで来い。じっくり話そう』


先生大丈夫でしょうか?私、社交辞令が通じないタイプなので早速近くにいる同級生に召集をかけ始めております(笑)


みんな先生に会いたがってます。


近いうちに昭和61年度 土木科卒業生の団体が遊びに行きます。