1/3 BLUE -One Third Blue-

1/3 BLUE -One Third Blue-

秋田から岐阜へ来た自転車に人生を捧ぐ大学生。
空のあお、海のあを。そして、もうひとつの「蒼」を求めてー。

Amebaでブログを始めよう!

今回からは、2021年2月24日から行った、静岡方面へのソロライドについて綴っていきます。

 

明後日3月22日からはまた新たな旅の幕開けです。

 

って、ええっ。

もう1か月も経つのか...この旅は本当に昨日のことのように新鮮な記憶が残っているんだけどな...それだけ思い入れ深い旅となりました。

 

 

はぁ......!!!これでようやくこの寿太郎みかんが食えるぜ...!!!

 

どこで購入したものかという点についてはまだ伏せておきますが、僕にとってこのみかんは普通のみかんではない、大変思い入れのあるものなのです。これを食べるのは、この旅を記事として纏めたそのあと、と決めていました。(てか帰ってきてから3週間冷蔵庫に入れっぱなしだったけど、悪くなっていたりしないよな...)

 

食べたら泣いちゃうかも。←

 

前回の記事では少しネタバレをしてしまいまいたが、この旅の結末というものは今までのライドとは大きく異なる、衝撃の展開を迎えることとなります。

半年に1記事ほどの更新ペースだったこのブログが、3月6日から11日にかけては4本も更新された所以。

課題は後回しにするタイプのこの僕が、その間は逃げ出さずにPCに向かえていた所以。

 

全てはこの旅の行程3日目の、ある出来事に原因を見ることが出来ます。

 

 

寧静、悔恨、慚愧、欣幸... 寄せては返し、その都度渦巻き僕の心を支配した感情の波。

 

 

本当に、濃密な6日間でした。

どのような波乱の展開が待ち受けていても、最後には僕の心の中に大きな思い出として残る、充実した旅となったのも事実。

 

ずっっと家に籠りっぱなしの、ここ2週間の生活とはまるで異なる非日常を過ごしたものです。(3/20現在、もう解放されましたよ)

この旅から帰ってきてから、体重が4kg減ってしまいました。ツラいです。

 

やり直したい。

 

それでは、今回も僕の旅へと少しのお時間お付き合いください。

 

 

※前回までの「激動の2020年」編が予想以上の反響を頂きまして、アメブロの「自転車・ロードバイクジャンル」において当ブログが暫くの間久々の2ケタ順位にランクインしていました。純粋に嬉しいです。ありがとうございます。更にモチベーションを加速させていく所存です。

 

 

 

 

無事に大学1年生の全講義を終え、単位も落とすことなく可もなく不可もなし、といった成績を残して春休みへ突入。

本気で勉強に身を削った昨年とは異なり、勉学の面では妥協を覚えた一年でもあり不完全燃焼の感は否めない。

 

夏には、レポート地獄から解放されたと同時にすぐ秋田への帰省ライドへと移行しましたが、今回はENDOとのスケジュールが合わずそうした計画も特には存在せず。

非常事態宣言の再発令後からは、大学から部活動等課外活動の禁止令も発令され、部を立ち上げて正式に認められてしまった以上今までのように水面下でルールの穴をついて活動するなんてリスキーなこともできません。部活仲間と遠出する訳にもいかず、折角の二か月にも渡る長期休みに入ったというのに、普段の生活とあまり変わり映えのない日々を過ごしていました。

 

そうした中でのトリックスターはやはりこの男、神戸大学サイクリング部のエース()、ENDO

突然として面白いことを言い出します。

 

2月13日のことでした、3月下旬に計画しているとあるライドの計画のためにLINEでやりとりをしていると...

 

「(日程について)なるべく遅い方がいいかな、宣言も解除されるし」

ENDO「そうか、緊急事態宣言中だった...(中略) これから伊豆半島行くのにww」

 

と、サラッととんでもないことを言い出しました。

コロナ禍における生活様式と言い、日本国内各地の距離感と言い、いろいろ麻痺しすぎです。笑

 

それもキャンプツーリングとして獲得標高4000m以上(獲得標高とはスタートからゴールまでの上った高さの総計のことだよ)にも及ぶ国内の「〇〇イチ」では最難関と謳われる伊豆半島一周、通称「伊豆イチ」を行うとのこと。

 

 

実は、僕にもソロで浜松に行く計画は存在していたのです。

 

 

前後のコース制作日時から、恐らく11月時点ではもう構想が存在していたことが窺い知れます。

 

 

折角だし、この計画を拡大してENDOに合流することにしよう。

結局、僕の勘違いで日程を合わせられなかったのですが、それに気づいたのは既にホテルを予約した後。

 

 

うむ!

こうなると、何気にソロでのライドとしては、初めての宿泊込みのライドになるぞ...!!

そうときたら。ULTIMATE BIWAICHI以来のソロでのロングライド、やるっきゃない!

 

 

 

時に、僕の好きな漫画・アニメ作品に「ゆるキャン△」という作品があります。

この作品は2018年の放送当時からリアルタイム視聴していたものの、当時は「宇宙よりも遠い場所」(通称よりもい)といった作品も同時期に放送しており、完全に熱はよりもいに傾いていました。ゆるキャン△が面白くなかった訳ではないのですが、よりもいが非の打ち所がないほどのあまりの傑作でして。まさに当時の生きる希望ですよ。僕の好きなアニメ作品トップ10に堂々と食い込んできました。今でもそれは変わりありません。トラくんにも勧めて、毎週感想を語り合いながら次の週を楽しみに生きていたってもんです。

 

このアニメを知っている人は後で熱く語り合おう!

そして、このブログでかつてその話題に触れていたことを知っている人は、僕のブログの古参読者さんってことですね!今すぐハグしに行きます!←

 

こちら↓の記事では等身大パネルを見ることも目的の一つとして、143km走りに行っていました()

おお。ちょうど3年前くらいだったか。(えっ、よりもい放送から3年も経っているだと...)

 

 

 

 

このように、同時期に放送されていたということもあって、当時はどちらが2018年冬アニメの「覇権(BD,DVD等映像ソフトを最も売り上げた作品)」をとるか、なんてアニメファンの間では熱く議論されていましたが、完全に僕は「よりもい」に肩入れしていたところがありました。

 

 

しかし、TVアニメ第二期が2021年1月より放送を開始すると、再びゆるキャン△熱が高まります。

 

第3話でこんなシーンが登場したのです。

 

 

僕このシーンに大変胸を打たれまして。

主人公、志摩リンちゃん(通称しまりん)のセリフになりますが、僕の胸中を代弁してくれたのかと、感動を覚えました。

元々、このしまりんという子は女子高生であるにもかかわらず、冬に単独で原付で遠出をしたうえでソロキャンを行ったりと、行動力の化身のような子で、現実にこのような女性がいたら速攻ゾッコンになること間違いなし、といった具合に2018年当時から惹かれてはいました。

ただでさえそのようなアクティブさに惚れていたというのに、上記の画像のシーンが登場したことで、ゆるキャン△熱は高まったどころではなく、爆発ですよ。

 

 

グループライドは楽しいです。

9月、夏休みの最終盤に部活のメンバーで行った知多半島一周のライドでは、それをきっかけとして一気に部員同士の距離が縮まったのを実感しました。

 

 

それでもやはり、グループライドとソロライドは全く別のアクティビティなんです。

ゆるキャン△のもう一人の主人公、各務原なでしこちゃん(そうそう、この作品は登場人物名が岐阜県を中心とした東海地方の地名をモデルとしているのです)(岐阜県の自治体は「かかみがはら」ですがなでしこちゃんは「かがみはら」です)は、初めてのソロキャン以降、それら双方での異なる魅力から「ソロキャンとグルキャン!交互にやっていきたいと思いますっ!」という最適解を導き出しました。

 

 

そうなんです。いつもソロライドでも、いつもグループライドでも、それはちょっとバランスが悪い。

 

最近ソロライドやっていなかったしな。

 

 

 

 

さて。俺も寂しさを楽しみに行こう。

 

 

 

 

このライドにあたって新たに購入したアイテム!

「ELITE Custom Race Plus」

 

ボトルゲージをひとつ新調しました。というのも、今のFENIXで唯一2015年の僕の自転車人生の幕開けからずっと連れ添ってきたパーツが
Cannondaleのボトルゲージだったのですが、こいつがだいぶ昔に破損しておりましてしっかりとボトルをホールドしてくれない。Uber Eatsの配達中にボトルが吹っ飛んでいったこともあったんですよね。後輪に巻き込めば落車のリスクにも直結するし、車道に飛び出していけば自分が事故の加害者にもなりかねません。

 

ということで長距離旅の前に不安要素は極力解消しようとのことで購入。

ダウンチューブ側につけているデザインと同じ旧式を探したものの、旧式は出回っているが同じカラーリングのものは見当たらず。うむむ。

まあブラックなら無難だべ。ということでこいつに。

 

ホールド感は逆に強すぎてボトルを入れづらいし、色も想像していたマットブラックとは異なり、どちらかというと明るめのグレーっぽい色。

満足度50点ほどの買い物でした。

 

それでも一応宣伝しておくことにします。笑

 

 

 

 

 

 

 

それでは時を2月23日へまき戻しましょう。

 

この出発日の前日は夜に塾のバイトが入っていたため、夕飯は出勤前の16:00に済ませました。

焼けば良いだけのサワラの西京漬け二枚、白米1.5合、インスタントの味噌汁()

 

 

荷造りも出勤前にすべて済ましておき、帰宅後はすぐ眠りにつけるよう準備します。

 

 

そうして塾から帰宅したのは22:30

下のような予告をTwitterで発信し、シャワーを浴びジャージに着替え、すぐ23:00就寝

 

 

今見返すと、ゆるキャン△を知らない人にとってはただのイタいツイートに見えてもおかしくない内容ですね。

「大晦日のソロキャンガール」とは、ゆるキャン△SEASON2第二話のタイトルであり、そのエピソードの中で主人公しまりんが原付で山梨県の身延町から遥々たどり着いた先が今回僕が行く、とある場所と同じであったのです。つまりはちゃんとした伏線だったんだよ!!

 

 

 

 

そんなこんなで朝を迎えます。朝はまだ迎えていないかな。

4時間寝ることができたら上出来。3:00起床

3:30、ちょっとテーブルが汚れたままであったり炊飯釜そのままで食事をしている所は恥ずかしい限りですがこうした朝食をとります。

 

昨年までは準備の手軽さを求めて、ライド前の食事にはパンやパスタ、はたまた袋麺であることが多かったものの、個人的にそれらのどれもが腹持ちが悪いんですよね。秋田への帰省時に導き出したこの解。主食は白米に混ぜるだけで完成のビビンバです。すぐ準備もできてそこそこ腹持ちもよい。

エナジードリンクは個人的に夜間走行をするうえでは必須アイテム。飲むだけで265kcal補給できるのも大きい。

バナナとヨーグルトは腸内環境を整えるうえでかなり重要。(バナナは果糖やカリウムの優秀な摂取源でもあります)

前々回の記事でも紹介した、11月21日、22.5時間で422kmを走行した「ULTIMATE BIWAICHI」ではやはり、僕の弱点として消化器官の弱さを痛感しました。

その日は消費カロリーが約8000kcalにも及びましたが、固形物を摂取していると途中から酷い胃もたれに襲われました。何度も吐き気を催す。それだけで運動パフォーマンスはガクッと低下したものです。集中力の低下にも繋がりましたし。

消化器系の状態をいかに良好に保つことが出来るかという点も、一流の自転車乗りには強く求められるポイントであると思います。

 

 

4:14、出発!

 

 

ライド中、どこで一番アドレナリンが出ているかと言えば、青空の下の海岸線を走る際か、ナイトライド出発直後。この二択です。

 

カフェインの影響もあるとは思いますが、日の出まではとにかく楽しくて楽しくてしょうがない。

久々に非日常へと飛び込んでいく興奮と、その先で待つ絶景そして聖地()への期待。

 

今回、このルートを組み立てるうえでは、とにかく交通量が少なく、信号の少ない道を選ばなければなりませんでした。

僕の嫌いな愛知県都市部(ごめんね、自転車に乗っているとき限定だよ)の通過は避けては通れない問題となります。

愛知、特に尾張地方...延々と街が続いています。割とこの地域に住んでいる大学の友人でも、「俺んとこは田舎!」などと言うヤツもいますが、最初に断っておきます。

 

俺の地元の秋田市は、半径100km以内に他の人口10万人を超える街がないんだよ!!!!

 

(そもそも秋田県内には、秋田市以外に人口10万人を超える自治体は存在しねぇ!!)

 

 

 

あくまで、同縮尺の地図です。

 

名古屋豊田岡崎一宮豊橋春日井安城豊川西尾刈谷小牧稲沢瀬戸半田東海...............!!!!!!!(愛知県内人口10万人以上の都市)

 

あああああああああああああああああ。

 

街が多すぎるんじゃあ!!!

秋田は、人口5万人以上の都市ですら少なくとも岐阜から名古屋ほどの距離を走らなければなりませんからね。その間に町という町はほぼ存在しません。東海でも飛騨地方は好きです。仲間です。←

田舎!!などと馬鹿にしてはなりませんよ。(なまはげがあなたの元へ訪ねに来ますよ←)

自転車乗りにとっては、秋田のような地が理想的であるのです。

 

全国1741市区町村の自転車での制覇を生涯の目標としている割には、今まで殆ど愛知県都市部へと向かうことが出来なかったのはそうした理由があります。ですので、せめて日がまだ出ていない、交通量の少ない時間帯のうちに尾張地方脱出を成し遂げなければなりません。

 

一宮、小牧、春日井、瀬戸...

 

大学の友人らの出身地も、目を暮れることもなく、素通りで駆け抜けます。(写真が無いのはそうした所以)

 

いやぁ、ナイトライドって、本当に良いものですよね。

他の皆はまだ寝静まっている時間に、自分一人だけが息を上げてペダルを漕ぎ続けている。物語の主人公になった気になれます。

まだ動き出していなかった街が、東の空が薄明を帯びるにしたがって少しずつ呼吸を始める。

 

景色の些細な変化も、夜明け前の澄んだ空気も、全ては独り占めです。

唯一の観測者(先に述べたような人口稠密地の愛知ではそうはいかないのだろうか...)です。

 

 

 

本当にこれには驚きました。

いくら夜間走行が好きだからって、別に火球の出現なんて稀有な瞬間を目にすることを目的としている訳ではないぞ!?

 

 

 

場所を再確認してみたところ、豊田市の愛環篠原駅と保見駅間の、R155を南下中の際のものであることが分かりました。

 

ここへ至ったときには既に日の出を迎え、空は画像ほどの青さはなかったものの、明るい淡い水色をしていました。

そこへ視界の上方から画像で示した軌道を描いて黄色の発光物体がものすごいスピードで落下していきます。

アイウェアをつけてはいましたが、あれは確かに黄色であったように思えるのです。

炎色反応かな。

「りあかーなきけーむら」、だからナトリウム??

宇宙空間から固体のナトリウムが大気圏に突入してくることってあるのかな。

引き続き、情報を求めます。

 

 

 

結局、事前から綿密に信号の少ない道を調べておいたものの、そこはやはり流石、愛知県。(褒めてねーかんな!)

 

いくら信号の多い道を回避しても秋田のようにはいきません。

途中、通勤ラッシュの渋滞にハマってしまったり、通学ラッシュ帯の高校生でいっぱいの歩道を走行しなければならなかったりと、休憩はなくとも時間を大きくロスすることが多くありました。

 

しかしながら、82.42km地点、この日一回目の休憩ポイントである愛知県有数の景勝地、香嵐渓に到着した時には平均速度27.6km、停止時間を含んだグロス平均速度も22.8km/hとなかなか良い感じに。

 

これだけのグロススピード出せていたらULTIMATE BIWAICHIの際ももっと距離を延ばすことが出来たのにな...(無理です。)

 

 

 

 

 

 

良い写真を撮ろうと、数十分間にわたって周辺を散策したのですが、残念ながらまだこの時期は殺風景。

足助の街並みも「THE 観光地」といった感じで、紅葉の季節に友人らと来れば絶対楽しいだろうなとのことを予感させてくれました。

 

 

周辺散策にあまりに時間をかけすぎていたので、補給が後回しになっていました。座って休憩のできる東屋やベンチを探していたものの、よさげな場所は見当たらず。

結局、公衆トイレの横で補給することになります.....

しかも日陰ですっごく寒い。当日の天気を気象庁サイトで調べると、案の定この時の気温は氷点下だった模様。

東海とはいえ山間部だしな...

恐らく、2021年に入ってから行ったライドで最も寒い思いをした瞬間であったと思います。ジェルにバナナ、そして朝食の残りで握ったおにぎりを震える手で急いぎながら食べましたが、あまりの震えにバナナを一口地面に落としてしまったほどです。

 

走っている時は全く寒さは感じないのです。寧ろ丁度良いほどでした。

写真を撮ろうと数十分間にわたって自転車を降りて周辺を散策していたことが、体を一気に冷やす結果に繋がったんでしょうね...。

写真もロクなものとることが出来なかったし、本当に時間の無駄であったと後悔しています。

この日、この香嵐渓以降は一眼を封印することに。

 

今日は僕が好きな景色には出会えそうにないし、とにかく先へ進むことに集中しよう。

 

香嵐渓周辺は標高120mほどでありましたが、ここからは本格的なクライム区間が始まります。

 

 

香嵐渓は82km地点ですから、そこからずっと上っていることが分かりますよね。標高684mまで延々と上ります。

 

寒さに震えていた体には、この登りがホントにしんどくて。

 

登りは好きなんです。

タイムアタックも、平坦よりも登りの方が得意です。

それでも、普段よりずっと重い車体重量も影響して、ヒルクライムの楽しさは感じられなくなっていました。

あとフロントディレーラーの調整が狂ったままで旅に出てしまい、インナーからアウターには切り替わるのに、アウターからインナーに切り替えることはできなくなっていたのです。ケーブルが緩んでいたんでしょうね。

それでも調整のために脚を止めると更にしんどくなってしまうだろうと思い、途中インナーに切り替えようとは思ったものの、アウター縛りで踏み続けます。これもまた慢心です。

 

結局、苦しんで登ることになりまして、無駄に足を使ってしまいました。

 

 

 

 

この画像はこの日の最高標高684m地点を超え...てはいないのですが笑、一つ目のピークを終え、15km近く続いた登りから解放され下り基調となった地点にて、補給のために脚を止めた際に撮影したものです。

あまりにこの日の登りの調子が悪いので、香嵐渓での補給だけでは足りなかったのだろうと思い、ブラックサンダーを食べていました。

 

その時振り返ると...

 

画像だと見えづらいですね、気温表示に「0度」と書かれています。

香嵐渓で寒さに震えていた際には、まだその地が氷点下であったということには気づいていなかったため、この日初めて気温の低さがどれほどのものであるかを知った瞬間になります。

逓減率があるとはいえ、時間が進んだことで香嵐渓よりは暖かくなっています。

それでもこの頃の岐阜ではコート要らずの生活を送っていたこともあって衝撃モノでした。

すぐに出発しないと香嵐渓の二の舞になると思い、ブラックサンダーはまだ口に咥えたまま漕ぎ出します。

 

 

 

休憩ポイントからは5kmも進んでいないものの、この日の最高地点を超え設楽町に入ります。

時刻は9時55分、丁度100km地点。

この標識もちょっとした衝撃でありました。

 

たった今設楽町に入ったってことは、俺はまだ豊田市を抜けられていなかったのか...!!

 

豊田市と言えば、愛知県内では名古屋に次ぐ二番目の人口規模を誇る都市です。

その面積が愛知県下ナンバーワンであることも知っていたものの、まさかここまで山深い地域まで40万都市の豊田市に含まれるとは思っていませんでした。

40万となると岐阜市と同程度の人口規模ですが、岐阜市の人口密度は1965人/㎢(北東北では考えられん)であるのに対し、豊田市は460人/㎢。東北出身として、すごく親近感が湧きます...!!←

 

そりゃずっと山が続く訳だ。

 

豊田市の恐ろしさ(魅力)を垣間見た瞬間でありました。

 

 

その後一瞬だけ新城市に入ったのち...

 

 

10:35、115km地点のファミリーマート設楽町清崎店で休憩。

どうも香嵐渓以降、調子の振るわない僕です。

420kcalのエネルギー補給よりも、温かく、塩気のある食べ物を口にできたという点に意味があったように思えます。

香嵐渓で食べたおにぎりは震えながらの食事であり、味わうこともなく水で流し込むようなものであったため、実質これがこの日初めてのまともな食事。

 

 

補給を終え、ヘルメットをかぶった際にふと目に入り衝撃を受けたこの画像。

 

 

このような山間部の過疎地域であるにも関わらず、コンビニバイトの時給が950円...!!!土日1050円...!!!

 

<最低賃金>

愛知県 927円(全国5位)

秋田県 792円(全国ワースト)

 

こういうことです。ため息が出てしまいます。

自虐ではないですよ。もともとは秋田の魅力を発信するということも、中2当時このブログを始めた理由の一つでしたし、秋田のことは愛しています。

 

それでも流石にこの差は...

 

真顔

 

 

ちなみに岐阜県は全国15位の852円です。覚えておきましょう。

 

 

 

 

その後、愛知県内の市町村でワースト二位の人口の東栄町を目指しますが...この動画見てくださいよ。

これは設楽町より国道473号を東進している際にGoProで撮影した動画になります。

 

おっ、そういえばこのブログでGoPro動画を上げるのは初か...!?

諸事情により画質は720p(ぜひ720pで見てね)でしか上げることが出来ませんでしたが、楽しい主観映像になっているでしょう。

 

この動画を見て、これが愛知県の国道を走行していると予測できる人はそう居ないのではないでしょうか。

仮にも設楽町と東栄町を結ぶメインルートであるはずが、この狭路です。2分15秒当たりではヒヤッとさせられてしまう瞬間も。

見通しの良いストレートでよかったぜ...

 

これまでの自分が知らなかった愛知の姿を見て、香嵐渓以降下火となっていた調子も回復の兆しを見せ始めました。

 

楽しいです、奥三河。

 

 

 

その後、東栄町中心部へと到着し、時刻は正午を迎えます。

このあとすぐ、ついに夢の静岡県へと入ることになります。

県境だし、この先暫く補給ポイントは無いだろうと見越し(実際には静岡に入ってすぐの飯田線沿いにいくつか飲食店がありました)、丁度良い機会だと思ったものの...

ここは流石愛知県内ワースト二位の人口の東栄町、とでも言うべきでしょうか。

 

 

文字通りどこも開いてねえ!!!!

 

 

僕もはじめは、できるだけ美味しいグルメを求めて、食べログで評価の高かった飲食店を回っていたのです。

気づけば、評価なんてどうでも良くなっていました。

そりゃそうだ。

もう既にお腹はペコペコぺコリーヌ。←

ここでガッツリ腹に入れておかなきゃ本格的にマズイことになる。

コンビニも3kmほど戻る必要があるし...これは死活問題だ...!!!

 

 

なまはげもどきみたいなヤツ(ごめんなさい)もいるし、焦りを通り越して苛立ちすら覚えるように。

 

 

 

観光案内所ですらCLOSED

おい!!本気で観光案内しようと思う気あるんか!←

 

 

結局...

 

 

食べ物にありつきさえすればよい、との思いから近場の飲食店(寿司屋を含む)を見て回ったものの、四件立て続けに突き付けられたのは「定休日」の三文字。

1.3km後戻りし、50mクライムの末たどり着いたのは「やま正」さんというお店でした。

 

 

とにかく飢えていたので、ガッツリかつ丼(¥800)をチョイス。

当時ツイートしていたように、こちらの店主が本当に優しいお方で。

 

店主「(テーブルの上を見て)おっ、GoProか。良いねえ。自転車?どこから来たの?」

「ありがとうございます、本当はこのコロナ渦であまり大きな声では言えないのですが、岐阜市から来ました...笑」

店主「岐阜!?俺の知人もだけど、豊田から来る奴は結構いるけど岐阜か...」←こういった反応は自転車乗りにとってはホント妙薬!!

 

こうした会話にはじまり、ここに至るまでの旅話に耳を貸して頂いたほか、この先の道路状況等も詳細に情報提供してくださいました。

「浜松に入ってすぐ、国道152号でこの前まで工事してて通行止めになっていた区間があったんだ。そこ行っちゃうと、迂回するために数十キロ遠回りしないといけなくて。」「あっちに住んでいる知り合いがいるから電話して確認してやるよ」と、どこまでも親切にしてくださるので、終始ペコペコしていた僕です。←

 

 

 

 

帰り際にもわざわざ外までお見送りして頂きました。

 

奥三河、良いトコです!!必ず、また来ます!!

 

 

 

 

 

その後ほどなくして、遂に静岡県浜松市へ。(ジャスト14:00

 

こ、これが政令市の市境か...!?と思うほどの狭路の先のこの標識。

最初はえっ、こんなところで浜松に入るの!?との驚きからすぐに標識に反応することが出来ず、数十メートル進んでから写真撮影のために引き返した形となりました。

 

 

 

 

まあそれもそのはず、浜松市天竜区は全国の政令指定都市の行政区の中では最も人口と人口密度が少ないのです。

総人口26459人、人口密度28人/㎢。

面積も同じ静岡県の静岡市葵区に次いでだだっ広い(浜松市全体でみると全国の政令市の中でナンバーワン。名古屋市の約5倍!)のですが、天竜区は浜松市の全市域の約6割を占めます。人口は全市域の3%にも満たないのに。

とんだお荷物じゃねえか!!

 

浜松市は人口79万人、人口密度500人/㎢ほどの都市ですから、仮に天竜区が含まれていなくても十分立派な政令市として胸を張れると思うのですが...(むしろ政令市の中では異質ともいえるその小さい人口密度で馬鹿にされることも無くなるだろうに...)政令市昇格に際しては、外野の僕なんかが見栄えだけを気にして口を挟めるようなものではなく難しい話がたくさん絡んできますからね...浜松市民がこの状況をどう見ているのかが気になる。

 

 

 

 

批判的な意見として受け取られても文句は言えないようなことを述べてきましたが、まったくそういった気はなく、寧ろ中心部とのコントラストの激しさに大きな魅力を感じます。見てくださいよこの愛知・静岡両県に跨る石造りのちっちゃな橋、「県界橋」。

こういうのが好きなんだよ!!

 

 

 

しかし...やはりここは東北と大きく異なるところ。

だいぶ山深い過疎地域に入っていたと認識していたものの、「県界橋」を過ぎて少し進んだ先で突如として遮断機の警報音が耳に入ります。

一瞬、脳がパニックを起こす。

 

エッッッッッッ、電車!?

そうなんですよね...実は、愛知県内ワースト二位の人口と紹介した東栄町にも、実は電車は通っていたのです。(町の中心部からは7km離れているけど。)

愛知県は豊橋より伸びる、JR飯田線。

愛知・静岡・長野三県の県境付近の過疎地域もこの飯田線がぶった切っています。

正直、鉄道に関してはあまり詳しくないのですが、「JR東日本は赤字路線はすぐに廃線とし、JR東海は赤字路線にも新型車両を投入する」みたいな話を耳にしたことがあります。(詳しい人情報待ってます)

やはり鉄道各社の中でトップの営業利益を誇るJR東海は違う...

岐阜に来てから新たに知ったことでありますが、秋田の人間がJR東日本に就職するのと、東海の人がJR東海に就職するのとではまったく異なるようです。JR東海はエリート集団、就職できれば人生勝ち組一生安泰!といった感じらしいですね。流石です。

 

 

 

 

 

その後はこうして大河・天竜川に沿って緩やかな下りを快走。どういう訳か調子が悪く気持ちよく走れたわけではなかったけど。

そういえばこの天竜川の水源って、諏訪湖なんですよ。知っていましたか?

僕は高校まで赤石山脈の山中あたりだと思っていたのですが、JR飯田線が走る伊那盆地はまさしくこの天竜川が形成したんですよね。(だったかな。)キレイな河岸段丘が形成されていたはず。

 

そのようにして憧れの信州から伸びてきた河川を目にしていると思うと、不思議と気分も上がったってもんです。

この天竜区には河岸段丘のようなものはありませんが、動画のような深い谷が形成されています。

谷が深いことから可住地が少なかったり、動画には残せなかったものの、硫酸銅水溶液さながらの美しい水色をした水面を目にすることが出来た場所もあったため、大自然を満喫しました。

 

ただ、動画のような風景が延々と35km続くんですよ...

流石に少しメンタルがやられることもあったな...笑

 

 

 

(アドレナリン欠乏症もどきに陥り、暫くつり橋を眺めながら脚を止めたりもしました)

 

 

 

天竜川に沿って南下してくると、ようやく左右で挟まれていた山々が視界から消え、堤防の道を走ることとなります。

浜松市には、1998年に名古屋にJRセントラルタワーズが完成するまで中部地方で最も高いビルであった「浜松アクトタワー」があります。

その高さ、約213m

完成した1994年当時はまだ政令市にも指定されていなかった一地方都市に200m超の超高層ビルですよ。いいなぁ。

その雄姿を目にすることが出来るかな!?との期待と、交通量の多い政令市の幹線道路は流石に避けたいとのことで選んだ堤防沿いの道でしたが...判断を見誤ってしまった...!!

 

 

事前にルートを弾く際に見たストリートビューでは、いつも岐阜市とその周辺都市の幹線道路のバイパスとして利用している長良川・木曽川の堤防道路よりも交通量が少ない印との印象を抱いていました。

 

しかしながら、実際に走ってみるとそこはトラック天国...!!運ちゃんたちお願いだから普通に幹線道路走ってよ...!

まあ、それは岐阜の堤防道路とさして変わらないからまだいいよ。

南西からの向かい風寄りの強風の影響でロクに30km/h巡行できないばかりか、大型トラックが追い越していくとビル風ならぬ、強烈なトラック風が吹くんです。車ですら、高速道路などを走行する際には細心の注意を払わないと大きく煽られますよね。

自転車なんてもはや路肩のいしころ同然です。

 

何度もハンドルを取られそうになる。ペダリングも非効率的なものとなるため、心身ともに疲労感に蝕まれていきます。

向かい風寄りの強風と述べましたが、完全に向かい風ではなく、斜め方向から吹きつけてくるため、こうした煽りを受けることになるのです。いっそ風速早めてもいいから向かい風にしてくれ、といった願いすら抱くまでに苦しめらました。

今回はバイクパッキングにより、横方向から吹く風が通るスペースはほぼなし。

コンパネを持って走ることと同然です。

 

結局、この堤防道路とは10km程度でお別れ。

上に示した図のように、今度は河川敷から離れ、中心市街地を目指して南西方向へと進むことになります。

南西...(苦笑) そうです、思いっきり向かい風。

市街地に入り、交通量も増す一方。

 

全然楽しくねぇ...

 

 

 

17:10、ようやく浜松アクトタワーとご対面。

写真では奥側にちょぴっとしか映っていませんが、このこのスカイラインを目にすることが出来ただけで、全てが報われた気がしたものです。

さあ。目的地まではもう目と鼻の先!なのだが...

 

道中かなりロスが多かったと言え、少し早く着きすぎた。

 

今日の宿は「快活CLUB 浜松上島店」。ネットカフェです。

会員になればクーポンも充実しているし、学割20%OFFも効く。

2000円以下でソフトクリーム・ドリンクバー食べ飲み放題、マンガ読み放題、ネット使い放題、シャワー無料、果てはちょっとしたモーニングまで食べることが出来ます。

また、快活CLUBには「鍵付き完全個室」といった部屋があり、非常に宿泊に特化しています。

予約制であるのため、この時チェックイン時刻を19:00と設定していました。

 

少し時間に余裕があります。

 

ということで...

 

 

チェックイン時刻を20:00に変更してもらうよう連絡を入れ、まずは汗を流してゆっくりすることにします。

やってきました「湯風景しおり」。(快活からは片道3kmほど)

 

こちらのスーパー銭湯、入湯料が850円と普段の僕なら絶対渋っていたであろう価格となっておりますが、内湯・露天風呂ともに大変充実していました。特に露天風呂が良かったな。乳白色の湯にオシャレな照明があたってすっごい幻想的。石造りの橋なんてのもあって凝った造りになっていました。おススメです。

 

そして気づけば時刻は19:30を回る。

道理で湯から出ると震える寒さに襲われるワケだ。(浜松とはいえやはり2月の夜は冷えます)

湯冷めに気を付けながら、そしてよさげな夕食場所が無いか探しながら快活CLUBへと向かいます。

 

 

 

そして20:00、チェックイン。

このように快活CLUBの「鍵付き完全個室」はフラットシート(見づらいかな)の部屋の四方を、完全に壁(パーテーションじゃないよ)で囲まれた部屋となっています。カプセルホテルの完全上位互換です。

 

因みに、ネカフェ宿泊はこれで人生三度目。

前回は、昨年9/14-21の「北近畿・山陰ツーリング」で訪れた鳥取の地で。

第一回目は、2015年8月15日。初の200,300km超ライドと意気込んで仙台へ赴いた際の2泊目。当時中学校二年生。(条例的にアウトです←)

 

正直、宿泊という観点から言えば、ネカフェに対してあまり良い思い出はありません。

鳥取では、ワケあって(後で詳細に語ります)、ただのリクライニングシート上で寝ることになり、なかなか眠りにつけず。

仙台では、中学二年生の自分が他県に来て一人で深夜利用していることを、いつ咎められるかビクビクしながら、これまたロクに睡眠をとれず。

どちらも今回のように完全個室ではなく、ごく一般的なネカフェのブース(パーテーションで区切られた)形式の部屋でしたが...今回はちゃんと快眠できるのかな?答えは次回の記事の冒頭で...笑

 

 

さて、チェックインしたらこの日は終わり、ではないですよ。

チェックインを20:00に設定したのは、早めにコインランドリーで衣服を洗濯するため。

(備え付けの洗濯機・乾燥機合わせて400円とやや高額であったため、快活CLUBに隣接するコインランドリーにも足を運んだがそちらは600円。時間をロスしました)

そそくさと洗濯機に衣服を放り込み、夕食へと向かいます。

風呂でぶっ倒れないよう、入浴前にコーラと残った補給食でカロリー補給はしていましたが、既にお腹はペコペコです。

 

 

 

やっぱ浜松に来たら餃子しかないでしょ!!!

と、20:40「おたゑ 手作り餃子のお店」さんへ。

 

今回の宿泊場所である快活CLUB浜松上島店は、浜松駅より5km離れた郊外にあります。

そのため、近隣には浜松餃子が食べられそうなお店が見つからないほか、時短営業によりまだ開いているお店が少なく、このお店を探し出すのには苦労したものです。ちゃんと事前に店へと電話を入れ、営業時間の確認と予約を済ませました。

 

注文したのは、「餃子8個(488円)」と、「ラーメン(611円)」。

いやぁ。この餃子がうまいことうまいこと!!!!

店名に「手作り餃子のお店」と加えるだけはあります。いや、この美味しさでそうしなければもったいなさすぎる。商売っ気あんのかコノォ!と言いたくなるほどです。

 

年末に宇都宮で宿泊した際には宇都宮餃子も食べましたが、GoToキャンペーンでの地域共通クーポンが利用可能な店を選んだことで、宇都宮市内で展開するチェーン店に入りました。勿論美味しいものではありましたが、少しパンチが足りない。その後、宇都宮餃子の代名詞ともいえるお店の本店へハシゴしたものの、流石人気店だけあってこの日の店内飲食は終了。持ち帰りは可能ということでホテルに持ち帰って食べましたが、時すでに遅し!といったようにシナシナに冷めてしまっていたのです。

そうした宇都宮での経験もあったため、宇都宮VS浜松の餃子対決では個人的に浜松へ肩入れしてしまいます。

 

宇都宮がダメだったのではなく、浜松が旨すぎる。

薄暗い閉店間際の店内では、男性グループ1組が独占状態で宴会をし、大声で談笑をしていましたが、そうした音も今の俺の耳には入らない...!!と一人カウンター席で料理のおいしさを嚙み締めます。

ラーメンも昔ながらの素朴なスープと、特筆することは何もないようなありふれた麵ではありましたが、すべてが黄金比で一つに纏められ絶妙な、文句のつけようがないハーモニーを生み出している。こうした普通の「ラーメン」として売り出される商品では、他店の追随を許さないものであると確信しました。一人で目を閉じ頷きながら、止まることなく箸を動かし続けます。

 

どうしてライド後の食事ってあれだけ心に訴えかけてくるんですかね。

印象的なのは、昨年9月の「山陰・北近畿ツーリング」4日目、舞鶴で食べた豚骨ラーメンとチャーハンの味ですが、特に中華が泣かせに来ますよ。

いつも『千と千尋の神隠し』の千が塩おにぎりを食べてぼろぼろと飴玉大の涙を流すシーンが重なります。あれだけの涙は流れてきませんが、咀嚼しながら目を閉じ、つい何度も頷いてしまっている間に目は涙目になっちゃうものです。

 

あぁ...!!またあの感動を味わいてえ...!!

 

明後日からはまたその非日常に飛び込めると思うと、興奮してついタイピングが速まってしまいます。

ぜひ、浜松を訪問された際には「おたゑ 手作り餃子のお店」さんをおススメしたいです。

 

 

 

 

浜松餃子で満足感を得ることで、この日はおしまい。

 

一日目は上記ログにあるように、220.83km+9.24kmの230.07km、秋田帰省時の1日目岐阜~富山とピッタリ同じ距離で幕を下ろしました。

この旅も8月の秋田帰省と同じくらい、年内のベストライドとなり得るのだろうか...

 

...答えはまた今度!笑

 

 

 

総評:72点

GOOD

・久々の楽しいナイトライド

・火球を目撃

・82km地点の香嵐渓までのペースはグロス22km/hほどと概ね満足できる速さに

・奥三河は交通量も少なく、道も変化に富んでいて楽しい道が多いと知る

・東栄町「やま正」での出会い

・質の良い温浴施設あり(露天風呂が充実していた)

・満足の夕食あり(餃子は宇都宮に勝る...⁉)

 

BAD

・名古屋市周辺市町村は延々と景色の代り映えのない市街地を走行(高蔵寺や瀬戸市中心部はキレイ)

・豊田市で渋滞に巻き込まれる

・香嵐渓で長時間無駄するがその割には満足のいく写真は撮れず

・序盤では登りでの調子が奮わず、楽しさよりも苦しさが勝ってしまう

・東栄町で大きく足止めを食らう

・浜松に入ってからの天竜川沿いのR152は景色の変化が少なく、調子も振るわずあまり楽しめなかった

・天竜川堤防道路のストレス

・コインランドリーが高額

・ネカフェ宿泊により睡眠が...

 

~しゅえっとからあなたへ~

・奥三河は楽しいよ!あそこは愛知じゃねえ!←

・東栄町では「やま正」さんに行くべ!

・浜松市では「おたゑ 手作り餃子のお店」さんに行くべ!


この旅は、二日目からが面白くなる、というよりも当初から二日目からの行程を主軸として計画していたものです。冒頭で述べた伏線も二日目で回収します。

 

次回、『2021.2.25 ソロ静岡 Day2 浜松~沼津』。ご期待ください!

 ※本記事はこちらの記事の続きになります




これでようやく「激動の2020年」を纏めきることが出来ます。

 

...にしても、本当は前回の記事の最後の締めとするつもりで書いた文であるため、どうもいきなり最初からこれを見られるのは気恥ずかしさがあります。

 

友人たちからネタにされないことを願うばかりです。

 

 

 

さて、(1)、(2)と書いてきた「激動の2020年」のまとめとして、この1年を通して成長できた点や、振り返ってみた今、改めて感じることを綴っていこうと思います。あと、前回の最後でも予告した通り、重大?報告も。

 

では!

 

(本当に変なところで区切ってしまったので、最初はフリとして前回の記事の文を少し引用します。)

 

 

↓↓↓

 

 

簡単に振り返るつもりでいましたが、予想以上に長い記事となってしまいました。

それだけこの一年が激動の年であり、僕自身を大きく成長させてくれた一年であったということです。

 

 

さて、タイトル通り「激動の2020年」はこれで一通り纏めることが出来たので、この記事も締めなければなりません。

 

 

...

 

 

 

...締めが思いつかない...!!!!!←

 

 

 

 

うーむ。。。

 

 

 

この激動の一年間の中で一回りも二回りも成長することが出来た、とは言ったものの、具体的な成長ポイントを挙げろと言われると何から言えば良いものか...

 

 

そうですね、2020年最初の「激動」は、まず一人暮らしを始めたことでした。

一人暮らしをする中で、昨年からは想像できないほどに自立できたことは言うまでもないのですが、スキル的なものよりも、何より人のありがたみを今まで以上に感じられるようになった、という点が一番の大きな成長であったと自己分析します。

5月・6月は軟禁されていることと何も変わらないような生活。家から一歩も出ることなく、積み重なるレポート課題を消化するだけの日々。ベッドと机を行き来するだけで、対面で会話することなど一切ない。

そうした経験も、結果的に人のありがたみを学べるうえで重要な鍵となった訳ですから、今となっては、理想の大学生活へと続いていたレールを柳条湖事件さながら爆破して、好き放題滅茶苦茶にしやがった最悪最低の「コロナ禍の大学生活」に、唯一意味を見出せる点であったと思うことができます。笑

 

 

 

僕、「友達が少ない」なんて悲観することはもう止めることにしました。

 

高校時代は、この記事の冒頭でも述べたような、進学校に通う友人たちへの劣等感や、自分と同い年とは思えないクラスメイトの授業態度などを見て、傲慢さを拗らせていました。生徒会執行部に入って副会長も務めましたが、それも全てそうした傲慢さに起因するものです。

こんな連中には染まりたくない、だなんて見下して。お前らとは違うということを証明してやるよ、だなんて捻じ曲がった天邪鬼的思想が根本にありました。厨二病のピークは小5で迎えていたので、これは純粋に性格の悪さの表れです。...どんだけ性格が悪いのか...笑

 

そうした感情を常に胸に抱き続けてきた訳ですから、仲の良い友人は決して多いとは言えず、今あの時の自分の姿を客観的に振り返ってみると、やはり常に校内で浮いた存在であったように思います。

バンド活動も三年間を通じて生徒会執行部のメンバーと学校祭のステージに立つことになるものの、基本的にメインの活動として据えていたのは、他の進学校に通う友人と組んだバンドの方でした。(結局三年間を通じて片手では数えきれないほどのバンドを組みましたが、当然ともいえるのかな、どれも長続きはしませんでした)

 

自分が通う高校とのつながりを常に、切り離そうと、帰属意識の向かう先を他の場所へと見つけようと、必死でした。

 

 

それでも高校生活への不満すらぶつけて励んだ勉強はなんとか実を結び、志望校へ進学することが叶いました。

そうして夢に見ていた大学で生活してきたら、いつの間にか、過去のことなんてどうでもよく思えてきているのです。

 

 

ぶっちゃけちゃうとですね、前回の記事の最後で「今までのようなアクティブさは発揮できず、自宅でおとなしくしていなければならない日々を過ごしています。」だなんてことを書きましたが、その理由は先月末に事故に遭っちゃったことなんです。

だからまあこう次々と新たな記事をアップできるわけで...笑

 

次回以降、すぐにそのライドの記事をまとめていこうと思うのですが、相も変わらず今の社会がどういった状況下にあるのかといったことには目を向けず、山梨県までソロで走りに行きまして。

非常事態宣言解除まであと数日だったのに、無視して飛び出していった罰でありましょう。

 

詳細は控えておきますが、いつぞやの弘前へと向かう途中に落車して帰ってから傷口を縫うことになりつつも、血を流しながら最後まで完走できたライド(将来子供が出来たら武勇伝として語ってやろうと思います!!←自慢なんかにはなんねべ)と同じことはできず、すぐ病院へと運ばれました。

 

その際、SNSでその状況報告をしたところ、一瞬のうちに友人たちから心配のメッセージが多数、届いたのです。

僕としては、身体はさることながら、予定のルートを完走できなかったことに対する悔しさでメンタルがだいぶズタズタにやられていたので、そうした暖かさに触れたことはもう感動ってもんじゃなくて。

 

みんなこの文を目にしていれば良いんだけど。改めて伝えます。

本当に、ありがとうね。

いつの間にか、多くの友人たちとの輪ができていて、確かに居場所を見つけることが出来ていました。

 

 

 

僕はあくまでソロも好きです。このことについてはもう説明不要ですね。

ただ、普段多くの友人たちに囲まれて生活をし、支えてもらっているからこそ、そう感じられているのであると思うのです。

常に友人のいない生活なんか送っていたら、一人の状態を好きとは言えないでしょう。

もし、友人がいないのに、一人が好きであるなんて言えちゃう人がいるのであれば、それはソロとは別に友人たちに囲まれた世界を知らないがために、比較対象もない状態で本当の「好き」という感情を知らず、物事の価値基準としての「好き」「嫌い」が正しく備わっていない人であるのだと思います。

長所も短所もどちらも認識して、初めて本当の「好き」という感情を知る。恋愛もそうじゃないですか←←

僕はソロであることも、友人と一緒にいることも、そのどちらの長所も短所も認識しています。

だからこそ、ソロを好きであると思うことが出来るのと同時に、心から愛を持って友人たちへ感謝の念を抱くことが出来るのです。

 

人はやっぱり、誰かの支えなしには生きていけないんです。

「人という字は2人の人間が支え合ってできているだろう」だなんてありきたりなことは言いません。

その理論で行くと、どちらか一方はもう片方に寄りかかってラクしていることになるし、それを肯定してしまうことになりますからね←

僕の文章能力ではうまいことは言えないので、僕が誰かの人生を支えることで、そう感じてもらって証明していくことにします。

 

 

 

 

締めが思いつかないなんて書きましたが、少し長くなってしまいましたね。

それでも。夏の秋田への帰省の後、ENDOは「俺は秋田よりも早く四国を走りたいんだ!」と、そそくさと神戸へとんぼ返りしてしまいましたが、僕はメンタルが強いのかよくわからない彼とは異なり、5月・6月期に疲弊しきっていた心を完全に癒し切れておらずなかなか岐阜へと戻る気にはなれませんでした。

 

ただですね、冬の秋田への帰省の際は夏のそれとは違っていたのです。

早く岐阜に戻ってやりたいこと、やらなければいけないことがたくさんある。

そう前向きな気持ちで戻ってきたことを思い出します。

その「やりたいこと」「やらなければいけないこと」といったことは言うまでもなく、どちらも友人に関することでした。

 

 

ホンット、激動の2020年の中で様々関わり結んできた友人との繋がりが、これほどまでに生活の彩度を上げてくれているのです。

 

 

僕の好きな小説に「能力のある人間の無自覚は、能力のない人間には辛辣だ。」 という台詞があります。

 

能力ではありませんが、この台詞に倣って僕は敢えて言いますよ。

 

俺は友達がいっぱいいるぞ!!!!

 

事故の際、僕を心配してくれた友人たち(メッセージをくれずとも)だけのためであっても、叫びます。

後で見返して、クッサイこと書いてんなぁ、なんて思う日が来ても、これは消しません。

僕だったら、仲の良いと思っている友達に「僕は友達が少ない(いない)」なんて言われたら、ちょっとショックを受けちゃいます。

そう感じている手前、友達が少ないなんて自分から口にすることは、僕と関わってくれているすべての友人たちに失礼な気がするのです。

 

他者の不幸で自分のことのように心を痛めて、他者の幸せを自分のことのように願い、喜ぶことが出来る。

 

そうした人たちが友人にいるだけで僕は確実に果報者なんです。

相対視したうえで僕の価値基準を疑われるようなことがあっても、構いません。

一般論は気にしないよ!

 

僕は、僕自身の価値観で、多くの人々に支えられて幸せな状況にあると感じています。

 

友人だけでなく、こうして僕のブログを見てくださっている方々にも支えて頂いております。

 

ありがとうございました。今後もよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後にあと一つだけ。

 

 

 

 

 

1月に、新たに大学公認団体「岐阜大学自転車部」を立ち上げるとともに、部長に就任しました。

 

以前に上げた「コロナ禍の大学生」の記事では、「岐阜大学サイクリング部」に所属したとお伝えしましたが、実は「岐阜大学サイクリング部」は非公認団体であったのです。

部室には60年代のバイシクルクラブ(雑誌)が所狭しと保存されていたりと、かつては伝統ある部活でありました。

 

しかし、2019年度の部長さんが大学側に「部活動継続届」を提出していなかったらしく、2020年度からは廃部扱いを受けていたのです。

そのため、2020年度は思うように活動できないことも多々ありました。(非公認団体であるという抜け穴を使って感染拡大防止策としての大学側からの部活動禁止令による不自由を被ることなく気ままにサイクリングしていたりとメリットもあるにはありました←)

 

先にも述べましたが、そうした事情もあって、二回の新歓ライド以降は先輩方と走る機会は殆どなく、ほぼ1年と2年同期入部のS先輩が中心となって活動してきました。

 

先輩たちもいないこの状況で、非公認団体という危うい立ち位置の僕らの行く末はどこなんだろう。

そんな不安を解決する手段は、もうとっくの昔に見えていたんですよね。

 

そんな訳で、ゼロをイチに変える、その大きな進歩を「部活動新規設立」という形で成し遂げました。

 

名称も「岐阜大学サイクリング部」から「岐阜大学自転車部」へと変更。

前年度までの、「サイクリング」といった運動強度としては緩めの印象を断ち切り、自転車に関することであれば競技からブルべまで、何でも挑戦するといった姿勢の表れと言いますか、決意表明を含んでいます。

 

僕自身、今まで「サイクリング部」の先輩方がどのような生活をしてきたかはまったくの未知数であるため、正直なところ部長として部員たちをどのように、どの道へ導いたらよいのか不安なところもあります。

 

ですが、それ以上に今は、先から感謝を述べている僕の生活を大きく変えてくれた友人にも含まれる、信頼できる仲間たちと新しい方向へ進むことが出来るということが、とにかく何よりも楽しみで。

 

しかも部長ですよ。

もう文句は言わせない、黙って俺の背中だけ追ってついてこい!なんて言って全国各地どこへでも部員たちの舵取りをすることができます。10月の秋合宿のところでも述べましたが、部員の成長を見届けるのも本当に楽しいんです。快感なんです。

 

この踊る気持ちに今はただ素直に、従順に、何もないところを思いっきり走ってみようと思います。

 

 

今後も暖かい目で見守っていただけると幸いです。

 

 

 

 

これが僕の、「激動の2020年」でありました。

 

 

~完~

 

 

 

 

 

 

 

<オマケ>

 

GPSで記録を取り始めた2019年以降の記録ですが...

 

 

2019年以降、自転車で走った場所を青線で示した図。

仙台や盛岡といった東北各地へ赴いたはずが、当時はまだGPSサイコンを使用していなかったため記録は無し。実に悔しい。

 

 

岐阜県周辺。ULTIMATE BIWAICHIやその他複数回にわたって走った滋賀県の方が、街が続き走りにくく、あまり走りに行けていない愛知県よりも多く線が引かれている。

 

 

岐阜市近郊。主にUber Eatsでの配達が大いに貢献。

 

 

 

2021年3月10日現在、全国1741市区町村のうち、247市区町村へと自転車で赴いた。先は長い。

 

 

 

←2020年3月現在   2021年3月現在→

 

岐阜の拠点性の高さが改めてよくわかる。今月下旬には139点になる見込み。

 

 

 

 

駆け抜けます。

 

 

 

 

 

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HTMLタグも含む文字数ですが、Wordでカウントしたところ、今回2020年を纏めるにあたっては25163文字を要したとのことです。

あっ。今これ書いているってことはもうちょいプラスですね...!!!

 

大学のレポートもこれくらいやる気になれば困らないんだけど...←

 

記事の完成前最後にこの文を最後に付け加えていますが、この文を書いている現在時刻は3月10日...ではなく、日付が変わって3月11日の1時を回ってしまいました。

 

なんと僕、まだ夕飯を食べられていません...!!!

今日はからあげ丼にしようと思っていたけど、鶏もも肉にタレ漬け込んでおくこと忘れてたよ...どうしましょ。

 

ともあれ、そのくらい熱中して書いた記事になります。

何かひとつ、心に感じてもらえるものがあればブロガー冥利に尽きるってもんです...!!

(爆音を轟かせていた胃は既に沈黙してしまいましたが、きっと彼も報われることでしょう...)

 

それでは「激動の2020年(2)」、よろしくお願いします。

 

 

8月

さあ、ここからはブログではまだお伝えしていなかった時期の到来です!

 

※前回の記事でもお断りさせていただいた通り、8月以降の僕の生活はこのコロナ禍において実に反面教師的なものです。

その点においてご気分を害されることが予測されるようでしたら、ブラウザバックして頂くことを推奨いたします。

 

 

5月から始まった、オンラインがメインとなる授業方針の影響によるレポート地獄とは、ようやく決着。

解放されたあとの反動はそれはもう大きなものです。

大学生の長期休みは2か月にも及びますから...!!

 

この画像はFENIX SLを組んでいる際から同時進行で計画していたあるライド、のための「リハビリライド」と銘打ち、お隣滋賀県へと赴いた際のものです。

リハビリ、と呼ぶことにも理由がありまして、このライドが2020年一発目のロングライド(160km以上)となったのは勿論のこと、最後にロングライドをした日を思い返すと...

なんと、僕の場合、2019年5月3日に行った300kmライドの龍飛崎行きが最後となっていました。実に1年と3か月ぶりのロングライド...!!ENDOの場合は2018年の福島行き以来か...!? そりゃあもうリハビリと呼ぶ他ならない。

 

因みに写真はアニメファンなら誰でもわかる、聖地の中の聖地で撮影したものです。この建物が見えた瞬間、号泣でした。←

 

 

 

聖地の中の聖地()を後にしたのち、滋賀県は近江八幡市でENDOと4か月ぶりの再会。コロナ渦で初めての大学生活を迎えた僕らにとっての四か月という歳月はそれはもう長い長い時間でありました。

秋田から遠く離れた、それも岐阜でも兵庫でもない、初めて足を踏み入れた滋賀という地で同郷の親友と再会できたという不思議な感覚と、それを超える感動で胸がいっぱいになります。

 

 

 

お互いの新たな相棒が対面するのもこれが初。

その後、滋賀県と三重県の県境の鞍掛峠にアタックし、重大計画へ向けたトレーニング&リハビリライドを終えました。

 

 

 

さあ!そして迎えた8月14日

2020年度のベストライドにしてベストメモリー。

先のライドはこの計画のための調整でありました。

 

 

 

 

 

 

8/14-8/17 秋田帰省4日間755kmライド

 

 

 

山に。(岐阜県・白川郷)

 

 

海に。(新潟県・親不知)

 

 

 

絶景の連続。

 

8月14日は五年前、当時中学2年生だった僕らが仙台へと走り、初の200km&300kmライドを決行した日でもあります。

そんな思い入れ深い日にスタートを切った秋田への帰省ライド。

後で詳しく記事にしたいので敢えて詳細は記しません。!!

 

 

1日目 岐阜市→富山市(230km, 2055m↑)

2日目 富山市→長岡市(196km, 1119m↑)

3日目 長岡市→新潟市( 73km,  358m↑)

4日目 新潟市→秋田市(256km, 1155m↑)

          4日間計 755km, 4687m↑

 

 

こうした日程で行った故郷、秋田への旅。(秋田への旅なんて言葉、昨年までは絶対に使うことのなかった言葉だな...笑)

 

 

当時は今ほど金銭的余裕もなかったため、旅情を楽しみつつも出費は極力抑えようと、最長4日で岐阜から秋田へと帰省する計画で、もともとはソロで実行する予定でいました。そんな無謀とも思える計画でも、共感して苦言を呈さずに賛成してくれたENDOには心から感謝しています。ソロであったら今ほど強く心に刻まれる思い出にはならなかったのかもしれない。

 

 

 

ちなみに、こちらの記事の最後で海を背景とした写真を載せましたが、それはこのライドで撮影したもの。

新潟県は親不知の絶景をバックに。しっかり遠出していた訳です笑

 

 

 

 

さあ、僕らの熱い夏はまだまだ終わりません!!

 

 

 

 

男鹿半島は自転車乗りの聖地とするべきですよね。

秋田県外にお住まいの方は、是非一度秋田県は男鹿市(なまはげの生息地)にお越しください。

交通量も少なく、快適に走れるほか、海から山の連続する絶景に、果ては水族館や灯台といった観光スポットも多数あります。

秋田市を起点とした男鹿半島一周+寒風山といったコースは、僕がこの世で最も愛するサイクリングコースかもしれない。

秋田滞在中はそこまで自由な外出はできなかったため、流石にこのまま帰るわけには行くまいと、秋田を離れる二日前にソロで思い出の場所へ。平日ということもあって船川以北(帰りのなまはげラインも含む)の男鹿半島を独り占め。

このライドは終始涙を浮かべながら走っていました。

やっぱり自分は「BLUE」が好きなんだと実感。(これも記事に残さなければならない、自分を見つめ直す大きなきっかけともなったライドでした)

 

 

 

帰りは飛行機&鉄道でビューン。

4日をかけて走った道のりを僅か2時間ちょっとで戻ってこれてしまったことには、何とも言えない複雑な想いがあります...笑

 

 

そうして秋田を離れたのち、迎えた9月には...

 

 

 

 

 

9月

 

 

9/18、京都市

 

 

9/19、神戸市

 

 

 

9/21、鳥取市

 

 

9/22、京都府舞鶴市

 

 

9/23、福井県おおい町

 

 

 

9/18-9/23 山陰・北近畿ツーリング

です。!!

 

こちらは秋田帰省とは異なり、それほどの長距離を走ったものでもなく、秋田帰省時にはENDOが岐阜市を訪問したため、今度は僕が神戸市を訪問する、といった目的をもとに計画したライドでありまして。

 

9/18 岐阜市→神戸市(雨天のため輪行。途中京都市観光)

9/19 神戸市観光(ENDO宅に泊まり込み)

9/20 神戸市→鳥取市(177km, 1603m↑)

9/21 鳥取市→舞鶴市(176km, 1931m↑)

9/22 舞鶴市→垂井町(138km, 1042m↑)

                 5日間計 533km, 4747m↑ (2日目までの移動を含む)

 

 

このように実走距離そのものはそこまで多くもありません。

このライドも色んな意味で山あり谷ありだったなぁ...笑

宿に入れないピンチを迎えたり、雨天ライドあり、メカトラありの大波乱。.

 

このライドについても後で詳しく!!

 

今回挙げた2020年主要5ライドについては時間がかかっても確実に、思い出を言葉として保存する所存です。

 

 

 

9月はこれだけではありません。

二か月間も休みがあるというのに、大学で出会った友人らの中では一番長く、濃密な時間を共に過ごしてきた部活仲間とのライドをまだやっていないじゃない!

 

実は秋田に帰省する前にも、岐阜に帰ってきて神戸へ向かう間にも、何回もトレーニングに付き合ってもらってはいました。

ただ、僕を除く一年生全員がまだロングライドを経験していなかったということで、あまり積極的には遠出へ誘えずにいたのです。

 

ということで!!一線を越えちまおう!!(言い方)

 

 

 

9/28 知多イチ(愛知県知多半島一周)235km

 

 

 

 

このライドを深く掘り下げるうえでは、僕の自転車人生セカンドシーズンの中での主要登場人物たちを一人一人ゼロから説明しなければならない...笑 

語らなければならないことが多すぎて、また文字数制限を食らってしまいかねないので、それはまた別の機会に!笑

 

さて、大学では一つ上の学年の先輩ながら、部には2020年度から入った同期組であるS先輩。

日常的にAv.37km/h (河川敷を50km程にわたり)のログを残すなどと、秋田時代には出会ったことのない豪脚っぷりを見せてくれるこの先輩、自宅が名古屋にあるため、いつかこの先輩とロングライドをするなら知多イチしか無いな、と決めて前々からお誘いしていました。

 

そこに「せっかくだし夏休みが終わる前に部活メンバーみんなも誘うべ」といった算段でほかの1年部員らも参加。

 

更には、なんとこの日のためだけにENDOも神戸からわざわざ参戦!笑(彼の輪行ペースというか、輪行によるフットワークの軽さはそれはもう異常です←)

 

2大学間のサイクリング部同士の交流が突如として叶ったほか、参加した一年部員のうち、3人が初の100kmライドを通り越して200kmライドを達成するというトンデモ展開となりました。よく頑張った。

今ではつい先日も1年4人で鍋を囲んで宅飲み(二人が浪人しており成人しています)するほど、切っても切れないような強固な絆を育むことができていますが、全てはこのライドをきっかけとすることもできるのです。

勿論、この知多イチ以前から間違いなく仲の良い関係を構築できていたものの、更に一歩踏み込んだ関係を築けたといいますか。このライド、235kmと僕やENDO、Tくんの自転車人生の中では決してそこまでの長距離といったものでも無いのですが、帰宅時間が日付が変わった後の3時半となってしまったほど、長い一日を過ごすことになりました。

 

それだけの長時間を共有することになると、深夜テンションといったものも加わり、腹を割ってどんなことも語れるようになりますからね。

途中、温泉で長時間の休息をとったことも、男同士の裸の付き合いといった点で奏功したものと感じます。←

 

....後ほど個別の記事で詳しく!

 

 

こうして過ごした濃密すぎる二か月間の長期休みを終え、やがて大学の後期の授業開始を迎えますが、それでも限られた時間の中で僕らの好奇心の暴走は止まりません。

 

 

 

10月 

 

 

 

 

画像フォルダを見返していて思い出しましたが、一人暮らしを始めてから半年が経過したこの時期になって、ようやくオーブントースターを購入しました。この買い物は僕にとってまさしく革命

ごはん食オンリーだった朝食に、パン食の選択肢も加えられたことのみならず!

 

焼き菓子が好きなだけ作れちゃうんですもん!!!

 

 

 

10月はロングライドには及ばない程度の100km越えライドをいくつか行いましたが、これは10月25日、S先輩と二人でヒルクライムをしに出掛けた際のもの。

 

標高1050mで食べる自前のブラウニー!!

 

冷静に考えてみれば、ブラウニーって最高の補給食じゃないですか...?

この時はトレイルミックスを混ぜていましたし成分に関しては申し分ない。そして何より美味しい。

 

 

お菓子の話をすると長くなってしまうので。

前後してしまいましたが、10/11、岐阜県は揖斐川町、日本一の貯水量を誇る徳山ダムにも訪れました。

 

バイトがある日以外の毎日、自由に遠出することができた8,9月が終わり、再びレポートに追われる毎日が到来したという反動もあって、10月は目立ったロングライドはありませんでしたが...

 

 

 

2020年度、4つ目の大型計画。

 

 

 

 

 

 

10/30-11/1 サイクリング部 下呂・飯田合宿

 

前々回の記事の冒頭では、その記事を10/28に執筆したんだよー、と記しておきましたね。

更に「今週末また新たな旅へと出かけます」といったことを書いていましたよね。その「新たな旅」とはこの合宿のことでした。

 

これまでのサイクリング部は、毎年大学の学祭に合わせて小規模の秋合宿を行っていたらしく、今年も例年通り行うことに。

この件に関しても詳細はこの記事の終盤で説明しますが、実は2回の新歓ライド以降、サイクリング部としての活動に先輩方はほぼ参加せず、一年生が中心となって活動してきました。この合宿は久々に先輩方も参加するとのことで、「1日最長130km程度の行程で二泊三日程度」と指示があったため、僕なりにその条件を満たす面白いルートを組んでみました。

 

それがこの「下呂・飯田合宿」

 

1日目 岐阜市→下呂市(126km, 2091m↑)

2日目 下呂市→飯田市(101km, 2651m↑)

3日目 飯田市→岐阜市(163km, 1897m↑)

          3日間計 390km, 6639m↑

 

 

個人的にまだ未踏の地であった長野の地を踏むことを前提としつつ、最長130kmと比較的短めな距離でも充実感を得られる「登り基調」となっております。

STRAVAのログを上に示しましたが、距離はそこまで長くないのにもかかわらず、連日獲得標高が2000m程度と「合宿」に相応しい内容になっていることが確認できると思います。普段の状態とは異なり、バイクパッキング(宿泊のための荷物を積んだ状態)の旅となったため、車体重量は激増。

 

結果的に、一日目に部長が途中まで参加してくれたほかは先輩方の参加はなく、僕を含む一年4人を中心とした合宿になってしまいましたが、この4人のサイクリング観の共有と、走力向上などたくさんの収穫がありました。

僕以外の三人は皆これが初めてのバイクパッキングでの旅となったにもかかわらず、このハードな行程をそこそこのアベレージを維持しつつ全員で完走できたので、かなり大きな躍進となったことと思います。

上から目線にはなりたくないのですが、部活仲間たちの成長にはホント驚かされてばかりで楽しませてもらっているので、本当に良い刺激をもらえています。ありがとう。俺も刺激します!!

 

 

 

11月

 

10月の合宿で部活仲間から大いに刺激を受けたのち、一層トレーニングに熱が入ります。

 

途中、ENDOがまたまた岐阜に来て(フットワーク軽すぎィ!)、部活仲間を交えて岐阜県池田町の池田山へと絶景を拝みに行ったりもしましたが...

 

 

 

旅はいったんお休みし、やや競技志向に。

 

 

部のOBで、実業団に所属して各地の大会で優勝経験を持つ、恐らく東海地区最速...?というほどに豪脚の大学院の先輩に、マンツーマンで稽古をつけてもらったり。

 

 

本当に変な時期だとは思いますが、この11月と言う時期に僕の身体はピークを迎えます。

STRAVAのセグメントでは、画像にあるように、毎回のように各地でトップ10入りを果たせるようになります。(「アチーブメント」の欄でトロフィーマークがついているものがそれ)

 

 

秋田でのんびりロングライドをしていた際には想像もしえなかったAvの高さ。

 

 

部活仲間に見せるためにこんな画像すら撮影していました笑

全体的に細いものの、僕史上最高の仕上がりになっていることは確実です。

 

秋田では既にシーズンオフ入りしてもおかしくはない時期ですが、岐阜ではまだまだ走ることができる。

 

とはいえ、これから12月に入ると気温が1ケタになることも予測されるな...

それじゃあ、体も仕上がったこのタイミングで「激動の2020年」総括ライドと行こうじゃあないか。

 

 

 

ということで。

 

11/21 ULTIMATE BIWAICHI(琵琶湖一周+α) 422.5km/day

 

年内最後の大型ライドはこの11月21日に決行した、力試し的なこの総括ライド「ULTIMATE BIWAICHI」です。(ネーミングセンスに関してのツッコミは受け付けません←)

 

自転車を趣味とする以上、ずっと抱き続けてきた疑問。

 

「俺は1日自転車を漕ぎ続ければどれほどの距離を進むことができるのだろう?」

 

2020年シーズンでようやく、その疑問に解答を出すことができました。

正確には24時間ではなく22.5時間ですが、11月21日の午前2時14分に開始し、11月22日の午前0時49分まで不眠で走り続けました。

 

...結果は422.5km

 

 

うーむ!!

 

このブログでは何度も語ってきたことですが、僕は15歳から始まった自転車人生全てをかけて全国1741市区町村を自転車で制覇することを生涯の目標としています。その途中過程として、恐らくフィジカル面でのピークであると思われる大学在学中に達成しておきたいことの一つとして、「キャノンボール」達成があるのです。

 

自転車乗りの方なら一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

 

東京~大阪間の約500kmを24時間以内に自転車で走破するという、普通の人からは変態と言われても文句を言えないような自転車乗りの極致。

500kmもの長距離を走破するために与えられた時間は24時間だけですから、まともに休憩をしていると絶対に達成はできません。

24時間孤独にペダルをこぎ続ける精神力、そして時間内に走破するための速度、10000kcal近いエネルギーをペダルを回しながら摂取・消化しつつ、確実にエネルギーへと変えられる消化器系の強さ...

 

キャノンボール達成に向けて乗り越えなければならないハードルは、下からくぐった方が早くゴールに到着できるんじゃね!?(比喩ですから当然そんな楽な方法もありません)といったほどに、それはそれは高すぎるものです。

 

そのため、422kmといった結果には正直満足しきれていません。いくつも課題が見つかったライドでした。

上の画像で示されたログにあるように、消費カロリーは7978kcalにも及ぶ。

秋田時代からドケチサイクリスト代表であった僕は、ハンガーノックを何回も経験してきました。

だから今回ばかりは妥協できない。

 

 

道中で買い足すことは前提としつつ、スタートしてから少なくとも100kmはノンストップで走るためにきっちり前日までに揃えておきました。

 

そうそう、このタイミング紹介しておかなければ。

今秋田にいる学生サイクリストでは間違いなく彼らが最強格でしょう、40時間で秋田一周600kmを走破した変態天才サイクリストの二人がいるんですよ。同い年ではあるものの、彼らが本格的にその名を轟かせ始めた2019年シーズンには、僕らは受験期を迎え、一旦自転車からはフェードアウトしていました。龍飛崎編では一度「青春終わらせてくる」 なんてことも書きましたね。故に、彼ら二人とはただでさえサイクリスト人口も少ない秋田の、それも同年齢のサイクリストであったにも拘らず、一緒に走ることなくすれ違いのような形で別々の道を歩んできました。

 

しかし、SNSを通じては盛んに情報交換を行ってきました。

僕は受験期にも彼らの発信するサイクリングの様子にかなり刺激を貰っていたのだけど、僕からはちゃんと恩返しができていたのかな。

前置きが長くなってしまいましたが、上の画像の「粉飴」はその秋田のサイクリスト、「緑のもこもこ」くんから勧めてもらった補給食になります。 

自転車歴は僕の方が長いのですが、これまで400kmを超える長距離を走ったことがなかった僕とは異なり、緑のもこもこくんは2020年9月にソロで400kmライドを行っていました。(行先もよりによって龍飛崎。初の400km超にビビッて平坦ルートをとった僕とは異なり、獲得標高もしっかり2000m超えていたし、ホント参った。コースも機材も僕の方にアドバンテージがあるのに414km、2611m↑をAv22.6km/h、18h20minで走破ですよ。心から尊敬する自転車乗りの一人です。)

 

そんな訳で事前に僕の方からもこもこくんへ相談をしました。あれだけの長文のやり取りをしたことは人生で初めてだったな...本当に多くの時間を割いて頂きました。本当にありがとうね。

 

お互いの補給論について語り合う中で勧めてもらった、この「粉飴」といった商品名で売られているマルトデキストリン、なんと100gあたり384kcalも摂取できちゃうのです。いや笑っちゃいますよね笑 

1gあたり約4kcalと、砂糖とほぼ同じ高カロリーであるにも関わらず、まったく甘くない。

プロテインとは全く異なり、水に一瞬で溶けてくれるので、スポーツドリンクとBCAA、クエン酸と混ぜてスペシャルドリンクを作ればもう最強。しかも1kg1000円ちょっとで買える驚きの安さ。もこもこくんとのやりとりで粉飴といった名前が出たその瞬間、気づけばポチっていました。皆さんもぜひ。

 

 

 

 

(アメブロのアフィリエイト機能、「Ameba Pick」の審査に通りました。これホントに広告収入が入るのかな...?ポチって頂けると喜びます)

 

話がそれてしまいましたが、見つかった課題というのは、こうまでして自分の中で事前に徹底した補給論を構築したつもりになっていたにも拘わらず、途中から酷い胃痛に襲われます。胃液がこみ上げてきて集中力は切れるわ、力は出ないわ。

 

心拍数のログをみるともっと面白いです。

 

 

200km台後半からまったく心拍数が上がらなくなっていますよね。結局ハンガーノック気味になっていたってことです笑

また、これはもこもこくんにも相談した僕の弱みなのですが、一度足を止めてしまうと休憩に長時間を使ってしまうんです。

今回の平均速度26.7km/hで、もこもこくんがこのコースを走れば、恐らく21時間は切れていたのではないでしょうか。

 

自らの力を過信して何も考えず遮二無二走ってしまい、結果長い休憩を必要としてしまう僕。

知的なサイクリストへの道は、まだまだです。

 

 

また、滋賀県に入ると終始5m/s超えの猛烈な横風・向かい風が体力を奪いました。

この点については言い訳のようなものではなく、自らのスケジューリングとルート設定の確かなミスとして、猛省しています。

 

 

気象庁HPから過去の天気を見ることができます。最大で10m/sもの強風...ピンポイントで僕のビワイチ開始時に向けて吹き付けていることが分かります...そんなに僕のことが嫌いですか滋賀県さん。そうですか。

明日3月11日(げっ、もう日をまたいでいるじゃない、明日ではなく今日だ)、部活仲間がソロでビワイチを決行しますが、どうやら明日は追い風基調になりそう。

風を味方にできるかどうか、それもまた自転車乗りに求められる能力です。

 

 

僕もこうした課題を克服して、次こそ満足のいく結果を残さなければ。まずは450kmかな...

 

 

今年、僕はついに20歳、成人を迎えます。

自転車乗りで20歳と言ったら。

そうです、ついにブルべやフレッシュに参加できるようになるのです。ようやくランドヌールになれる。

8月16日のその日まで。用意周到に備えていきたいと思います。

 

(他の大型ライドの方が楽しかったはずなのに、つい長々と書いてしまいました。ULTIMATE BIWAICHIに関してはこれ単体の記事とはしなくてもよいかな...←)

 

 

12月

 

そうして年内の総括と位置付けたULTIMATE BIWAICHIを終えて12月に入ると、挑戦的なライドの多かった11月とは打って変わり...

 

 

Uber Eats、稼働!

 

待ちに待ったこの瞬間。

神戸に行ったENDOは春先?には既にUber Eats配達員を始め、毎回時給1500円以上の報酬を手にしているとの報告を受けていました。

彼は延々と街が続いている近畿圏に住んでいるということもあり、長距離ライドを行う際には輪行がつきもの。

そうした当たり前のようになった輪行や、旅先での豪華な食事(ホントENDOは食事にお金をかけます)の主な資金源がUber Eatsだったということで、僕も憧れを膨らませていました。(ENDOは僕と同じく塾講師もしていますが、Uber EatsとFood Pandaに関しては既にベテランの領域に入っているので...笑)

そもそも自転車に乗っているだけで幸せを得られるのに、お金まで稼げちゃうんですよ。それも高時給。やらない選択肢はないじゃないですか。

 

 

このように4月時点から待ち望んでいました(ENDOが開始する前からということになるのかな...?)から、それはもう開始当初は週2日の塾バイトよりも多い週3日Uber Eatsをするなど。

 

ENDOがいたので、配達員紹介キャンペーンによる報酬15000円の山分けで7500円が手に入ったほか、一週間のうちに30回配達すると7500円が売り上げに加算されるインセンティブも発生したりと、旅費をたんまり稼いだとさ。

 

最近はワケあってあまり配達に向かえていません。そろそろ例の計画に向けて稼がないと...(ボソリ)

 

 

 

本当に12月あたまはバシバシUber Eatsの配達へと繰り出せていましたが、中ごろに入るとヤツの姿が...

 

これは大学そばの風景です。冬でも自転車に乗れる太平洋側を選んで岐阜へ来たつもりでしたが、数年に一度ほど、こうして雪景色になるとのこと。...そんなん嬉しくないよ!!

 

なしてわざわざ雪どご見ねばならねんだべ!?←

 

 

 

部活仲間からは悲痛な声も聞こえていましたが、幸いインドアの趣味も多く持っていたので、僕はそこまで苦しむことはありませんでした、というのが正直なところなのかな...!?(岐阜はすぐに溶けてくれると信じていましたので)

 

写真だけ見ると、バンドマンの作曲風景に見えなくもないですが、やっていることと言えば...

 

 

※音量注意

 

こんなカンジ。

 

オタク趣味の方も相変わらずって訳です。笑

秋季から放送されていたアニメの劇中歌です。こうしてギターで「弾いてみた動画」を数曲分作ってみたりもしました。

演奏面は何と言いますか、3日クオリティと言い訳させてもらうとして(汗)、何気にこの動画のお気に入りポイントは一つの画面に僕の趣味の大半が見て取れるものになっている点なのです。

壁に掛けた愛車RIDLEY FENIX SLをバックに、しっかりアイウェアを装備した僕がギターでアニソンを弾く。それを見守るしゅえっと(ぬいぐるみ)たち。その後ろの写真立てに入っているのはこれまた二次元美少女のポストカード。

 

...うむ!!

 

私の『大好き』を届けることが出来ました!!爆  笑(動画で歌っている子っぽく言ってみました←)

 

 

 

 

 

そして迎える年末。

上の画像は岐阜へ帰ってきた際のものですが、流石に冬は自転車で帰省するわけにはいかない。

故に電車に揺られて帰省することにしたのですが、このような重装備となってしまいました。

 ボーイスカウト時代に使っていた登山用リュック。かつて8泊9日の野外生活へと持っていったほどですから、如何に重装備であるかお分かりになるかと…←

 

 

電車というのも、ただ新幹線でビューンだとつまらないし、そもそも往復の新幹線チケットを買えるほど懐事情が豊かではない。

 

ということで、お馴染み青春18きっぷを利用して二日間鈍行に揺られて帰りました。

それもまた旅情をたっぷり感じられて楽しいものです。

 

流石に首都圏は地元にコロナを持ち込んでしまうリスクを高めてしまうので、寄ることが出来なかったのは勿論のこと、途中の乗り換えで駅に降りることがなくても良いよう、静岡(熱海)から栃木(小金井)まで直通一本で行ける方法をしっかり調べておきました。

(自転車だけではなく、鉄道好きの人にも楽しんで頂ける画像に仕上がったのではないでしょうか。夏の自転車帰省のルートも記しておきました。)

 

岐阜からはすぐ近くの名古屋に住んでいながら、9月以来会っておらず(実は秋田から岐阜へと戻ってきた際に、名古屋へ立ち寄っていたのです)、旅となると龍飛崎以来となるトラくんと一緒でしたし、何より上の画像で示した通り、夢の沼津(どういった理由かについてはまた別の機会に)を初探訪できたので大きな思い出として残っています。

 

 

このように、激動の2020年はふるさと秋田の地で幕を下ろしました。

 

 

 

 

簡単に振り返るつもりでいましたが、予想以上に長い記事となってしまいました。

それだけこの一年が激動の年であり、僕自身を大きく成長させてくれた一年であったということです。

 

 

さて、タイトル通り「激動の2020年」はこれで一通り纏めることが出来たので、この記事も締めなければなりません。

 

 

...

 

 

 

...締めが思いつかない...!!!!!←

 

 

 

 

うーむ。。。

 

 

 

 

なんて、当初は思っていたのですが、結局気づけば長文を書いてしまっており、またもや「記事内容がHTMLタグ含め半角60000文字を超えています」とのエラーが表示されました。←

 

アメブロ駄目だな...文字数制限があるのは非常に大きなネックだ。

 

 

ということで、こうして1年を振り返った今、思うこと。

本当はこの「激動の2020年(2)」の最後にまとめることが出来れば収まりが良かったのだけれど...

 

友人たちにはぜひ読んでもらいたい。最後にはちょっとした(?)重大報告もあります。

 


次回、『激動の2020年 -PostScript-』、よろしくお願いします。

 

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