私は思う…[モットー:motto 標語、座右の銘、信条]
『如何すれば…、自分の生活の糧を得られるのか…?→アフィリエイト[代理店・自分の作物を作る畑・自分の海から魚を獲る投網・自分の創造する知識…]をして、生活の糧を得る!』
「あなたの畑に何を植えればいいのか…?」と聞かれたならば…、あなたは何て答えますか…?自分の家の土地だから…、どんな作物でも植えれば…、実りの、収穫の時期が来れば採れるでしょう。何の心配も無いのです。畑が在れば…、人参、ジャガイモ、ホウレンソウ等が採取出来るのです。兎に角自分の欲しい物を植えればいいのだ!
其れと同じ事が…、我々の生活にも現れるのです…。目に見える世界の在り方が問われているのです…。
是は自問自答だが…結局は…、本筋で言えば…、“真理”で言えば…他人と言う人は一人も居無く…、総て“自分の心の展開”[心の思いが姿形に成って現れて居る世界]と成って見えて居る…!即ち…、人間とは“神”と等しく…「自他一体の存在で在る!」のです。
要するに…、「あなたと私」「あなた達と私達」の“垣根は無い”のです。其の間を“塞ぐ柵は存在しない”のです。宇宙から此の地球を覗いて見れば…、世界広と言えども“国境は無い”のです。互いの「国境を区分けする隔たりは無い!」のです。「人類皆兄弟」と言う言葉の意味が…今此処に来て解かりそうな気がするのです…。そういう雰囲気ですね。私には少なくともその様に感じられるのです!
自分も他人も考える事柄はほぼ皆等しく…、「皆、幸せを望んで居る!」のだが…?!少なくても私には…、「その様に考えて居る事が解る…?!」様に思えるのです…。皆の願う事は『“生活の安泰”で有り、「世界平和」に他ならない…』と思うのです…。
此処で私が覚えた…“真理”の捉え方[“実相世界”の考え方]から言えば…、『この世に存在する誰一人と言えども…他人と言う人は居無く…、みな自分の“心の展開”で有り“心の想いの現れ”なのだ…!』と思うのです…。要するに…『此の世の“実相世界”の観点から言えば…此の世は“神一元の世界”で在るから…、他人と言う存在は全く無く…在る物は只自分独りだけなのです…』と言う事が解るのです…。
其れは「自分と他人と言う…“比較対象”の、此の“現象世界”の事」では無くて…、「本当に在る…目に見えない世界!」「眼を瞑れば解る…、現せないけれど今此処に在る“自分の命”…!」「姿形として表現できないが此処に確実に存在して居る“吾が命”!」が有る事が解るのです。此の…「姿形としてある世界[現象世界]」じゃ無くて…、「本当に在る命の世界!」…、その世界を“実相世界”と言うのです。其処に居ると言われている唯一独在の人が…、現存として居座って居るのです…。
此の「唯一の…、独在の素晴らしい世界!」に居ると言われて居る人[人称的な表現:人間的な表現で思えば…]が…、“神”“神様”“仏”“仏様”“イエスキリスト”“アラーの神”…と何時しか呼ばれる様に成ったのです…。そんな中で…私が一番親しみ易くて呼びやすい…、言い易いのが“神”“神様”なのです…。そんな“神”を気軽に呼んで…、即ち、「自分イコール“神”と成って居るのが“真髄”!」なのです…。其れが“本当の姿”[“実相の世界”では相・スガタ]なのです…。此の姿形の見える世界を“現象世界”と言って…、「良くも悪くも…“自分の思う心の現れ”が姿形に成って出現して来る!」のです…。
今世界で、イタリアで…活躍している日本のサッカー選手の本田圭佑さんや…、宇宙ステーションの船長で奮闘している日本の乗組員[若田さんが国際宇宙ステーション(ISS)の船長となったことで、マスコミも久々の有人宇宙事業における朗報として、にぎわっている…]が居る…、その人たちの幼い時の作文集を見せて頂きますと…、その時の“夢”が今実現して居るのです。その様に…「一度持った“夢”は…、諦める事無くその道の方向に突き進めば…、必ず実現して居る!」事が解るのです…。
多かれ少なかれ…、私達も之と同じ様な事を経験して居るのです。“夢”を持ったとしても…そんな事は出来ないだろう…、と思って居る人には、矢張りその様な“夢には“夢”であった様に何も起こらない…。が然し…今説明した様に…、一度持った“夢”は諦めずに想いつづけていれば…、やがてその「“夢”は実現する!」様に成るのです。その様に…、「一端心で宣言した“言葉”は必ず実現する!」と言う事が解るのです。
だから何事も諦めずに…、自分の“夢”が実現する迄思い続けて居れば…、“神”は“法則”通りに“道理”に叶い、やがて…、其の「“夢”を実現!」せざるを得なく成って来るのです…。即ち、“叶う夢!”を阻む事無く…皆“実現して仕舞う!”のです…。“神”は“法則”で有り…、「“感情”を持たない様な一面も現す!」のです…。
だから…“成功”、“繁栄”と言う言葉を“夢”見続けて居れば…、やがて其の「“夢”が現実化!」して来て仕舞うのです。そういう“神”の“心の法則”が実現して居るのです。そういう“神”の力には“言葉の力”が有るのです。此処で気を付けなきゃいけない事が有るのです…。其れは…、今言った“神”と称した[人間的な現し方を取れば“神”と言う…]事で…、此の“神”[人称的な表現:人間的な表現で呼んだ場合…と]呼ばれる…“宗教的な表現”を嫌う人、嫌がる人も居るのです…。“言葉”の逆用は避けたいものです。
我々日本人の…昔から或る神話を…、神代の世界から繋がって来て居たのです…。おとぎの国の始まりから有る物だから…、そして先祖代々に繋がって居る仏様もご一緒に迎えて居たのです…。吾が日本人の毎日の生活の習わしに成って居るのです…。そう言う…神代の世界の神話に在る様に…、何時となく昔から…“神”“神様”“仏”“仏様”を大切に、大事に…お祭りして来て居るのです…。
そういう“神”“神様”“仏”“仏様”と言う表現に親しみを皆覚えて居ると思うのです…。その様な…“人格的な表現”で“神”“神様”“仏”“仏様”と呼んではいるけれど…、本当は…此の“宇宙の神秘な力”の事なのです…。呼び名の名前の無い表現を…“宇宙の神秘な力”と言う事では…、余りパッとしないから…、やっぱり…“神”“神様”と言う表現が一番親しみやすいと…私は思うのです…。
我々の命は…、皆“神”“神様”へ繋がって居るのです…。それは丁度…、「我々の体の…掌と5本の指との関係みたいなもの!?」なのです…。其れは…「掌を“神”“神様”と称すれば…、“神”“神様”と呼んで見たと言えば…、その“5本の指”は人間に値する!?」のです…。其れは取りも直さず…、「我々の“両親”が此の“両掌”に値する!」のです…。そして其の…「“5本の指”は何かと言えば…、何を意味するのかと言えば…、其れは当然…、その“両親の子供達”を現す!」のです…。
或いは…、晴れの日の天気じゃ無くて雨の日の…、其の…雨が降って来る“雨粒”が我々人間と称すれば…、“雨”が川と成り…“大海”へと流れて行く様に…、我々の命も皆“神”“神様”へと繋がって居る言う風に考えて居るのが…、「日本の神話」のお話なのです…。そう「おとぎの国のお話」が…、今も我々の生活に一緒に成って息づいて居るのです…。
或いは…、白雪姫のお話に有る様に…、「鏡よ鏡…鏡さん…、世界で一番美しい人は誰…?」と問いかけて居る所が有りますが…、此のお話も典型的なお話で有ります…。是は…『毎日、魔法の鏡に問うていたのは白雪姫の継母である王妃でした…。鏡の答えはいつも「王妃様」だったのに、或る日「白雪姫」と答えられ…、怒りに燃えた王妃が白雪姫の殺害を企てて……と言う皆様お馴染みの、恐ろしいグリム童話のお話です…』と言う野が有りました…。
此のお話は此れでは終わらないのですが…『誰でも皆…、いや…そうでは無くて普通一般のたいていの人は、思わず鏡の前を通る時、鏡の中の自分を確認して仕舞うのです…。鏡に向かってこう訊ねるのです…。今日の私は…、「I'm OK ?」なのかな…?そう自分に問いかけても…、残念ながら普通の人には…鏡は何も答えてくれないのです…。誰でもそうなのですが…、自ら人はOKか否かの答えを出して終わなければならないのです…。自分の自信を喪失したり…、時折自己満足に浸ったりするのです…。
鏡とは日常生活の中でちょいとしたアクセントを与えてくれるのです…。自分の表情を直したり、自分の襟を…と、自分の自惚れるのを戒めたりするのです…。そんなきっかけを作ってくれる…、無いと寂しいインテリアと言う物が鏡なのです…』と言う事が西洋のお話の…、一般的な言いぐさに為って居るのです…。
処が日本では…「人間の心の捉え方・考え方」「人間の心の在り方」をどの様な表現をして居るかといますと…、日本の“神社”“仏閣”の通年の習わしですが…、其れが「通年に亘って“神”“仏”と言う物を“祭って居る”!」のです…。其の…「“お祭りの歴史”が吾々の生活の中に直結して居る!」のです…。そうする事に依って…、「片時もはぐれない…日常生活の中にこそ…、時空を超えて…“神様”“仏様”“ご先祖様”が生きながらえて居る!」のです…。
そういう事で…吾が日本では…、“神様”“仏様”“ご先祖様”は何処に“いらっしゃる”のかと言います…其れは皆…、吾が心の中に厳然として…“いらっしゃる”のです…。そういう事で…、例えば…此の日本の“神道”[“神道”とは日本の神様を祭る“宗教”を言う:お釈迦様を信じる“宗教”を“仏教”と言う…]で言へば…、「“神社”の“ご神体”は何で在るかと…?」聞きますと…、「其れは“鏡”です…!」と答えてくれるのです…。
そうなのです…。此の日本の代表的な祭り事を司って有る“神道”では…、其の祭ってある…「“ご神体”は取りも直さず“鏡”なのです…!」と答えてくれるのです…。皆さんは恐る恐る其の“鏡”の中を覗いて見たと思うのです…?!あの…“鏡”の中の事を…、「神社”では…、重々しく厳かに祭って在るの!」です…。