今日は最近思っている

とても重要な概念についてお話しします。

 

それは「時間の概念」について、です。

 

皆さんは、とくに意識していなくとも

どこか「時間に追われている」と感じていませんか?

 

なぜか慌てていませんか?

 

目の前の信号が点滅したとき、

次を待たずに横断歩道を走って渡ってしまうのは

いったいどんな心理からくるものでしょうか。

 

別に立ち止まって少し待っていれば

(長くとも1~2分程度)

必ずまた青信号になるのに、

なぜ少しでも速く目的を達成しようとするのか。

 

もちろん、時間の節約は、

限られた時間の中でできることを増やします。

一度きりの人生の中で、

多くの体験や経験ができるのかもしれません。

 

限られた時間を有効に使うことができれば、

他の人よりも成長の度合いが高くなるでしょう。

 

しかし、そもそもそれはいったいなんのためなのでしょうか?

そんなことに、意識を巡らせてみましょう。

 

 

人間があくせくしている原因は、

我々が当たり前だと思い込んでいる

「ルール」が根底にあります。

 

それは経済社会というルールです。

そこはお金と、時間というふたつの要素によって支配された世界です。

 

そこでは約束通りにものごとを運ぶ必要があり、

それは時計やカレンダーというものに従う必要があります。

 

毎朝、6時に起きて支度をし、

7時には家を出て職場に向かうのはなんのためでしょうか?

学校にしても同じですね。

 

そこを「当たり前」だと思わずに、

「そもそもなぜなんだろう?」という

普段は決して開けることのなかった思考の扉の存在に気づき、

そのドアノブに手をかけ、開けてみることです。

 

すると、今まで当たり前に見えていた世界が、

まったくちがった姿をしているように見えてきます。

 

 

私たちの人生は一度きりであり、

その時間は有限です。

 

誰もが必ずいつか死を迎えるのであり、

その日がいつなのかがわからないという点を除けば、

すべての人はその日に向かって時間を消費しているということは

明確な事実ですね。

 

この資本主義経済の社会は、

そんな我々の限られた時間の中で、

できるだけ「成功」するように意識づけします。

 

ここでいう「成功」とは、

簡単に言えば金を手にいれるということです。

金を手に入れるためには、いい会社に入ったり、

そのためにはいい学校に入ったりと、

子どものうちから準備が開始されていきます。

 

このような社会の中で一人前の人間になっていくことを

社会では「成長」と呼んでいます。

人が成長するとは、

それまでできなかったことができるようになったり、

達成できなかったことが達成できたりすることですが、

そのための最善の策は何かというと、

物事を論理的に考え、計画を立て、実行することです。

 

具体的に言いましょう。

まず最終到達目標を決め、

そこに対して現状の自分の位置を割り出し、

自分に何が足りないかを分析して、

それを得られるために今、何をすべきかを考えます。

 

それはロードマップ状になっているはずなので、
目標を段階的に設定することで、

階段を一段一段上がっていくようにします。

 

一段上がったら、そのつぎへ。

これを最短時間でこなすには、高い意識が必要になります。

 

目標を分割してブレイクダウンし、

そこに達するまでの具体的な道筋を明らかにし、
無駄なことをせず、有用な方法に意識を集中する。

それを実行しつづけることで、与えられた時間の中で

可能な限り高いレベルまで成長することを目指すわけです。


この方法は確かに有用であり、

手早く成長するにはいちばん良いでしょう。
 

それはもうほぼ決まったことであって、

どんな自己啓発本もビジネス本も、

言葉を変えたり言い方を変えて
このことを言っているに過ぎません。

 

 

ここまで書いたことは、

現代社会で少しでも成功するためには非常に重要な要素です。

 

もちろん、私も異論はありません。

 

今の常識の中で生きるには、

上記の意識は本当に有用です。

ですので、私も学生を含め多くの人に、

このことを伝えるし、その実践方法も伝えます。

 

しかし、です。

 

私はここまで書いてきたことを

心の底から「良い」と思っているわけではありません。

 

上記の考えは、

基本的に現代人が作り出した概念なのであって、

必ずしもそれが素晴らしいから実践すべきなのではなく

現実に存在するこの環境の中で

うまいこと暮らしていくためのスキルだということなだけです。

 

人間というのは不思議なもので、「毒」が大好きなんですね。

必死になって「毒」を生み出して、

それを好んで利用し、

最終的にその「毒」が原因で終わりを迎える。

 

それが人類という種が繰り返すパターンなのだと思います。

 

もちろん、上記に書いたことも、

毒の世界で生き抜くためのスキルなので、

毒そのものなのですね。

 

だから、現代人は時間に追われるようにあくせくし、

少しでも失敗すると「損をした」と思うようになる。

その世界では「損すること」は絶対的に避けなければならず、

「失敗」ほど嫌悪すべきものはないのです。

 

「無駄なこと」や「回り道」は

絶対にすべきことじゃないわけですね。

 

こうして自分で作り出した「時間」というモンスターに追い回され、

現代人は心を破壊されていくわけです。

 

まったく面白い(興味深いという意味ね)現象ですよね。

 

 

このような時間モンスターに追われる社会の中で

いかに本当の意味で豊かに生きていくか。

 

それはまさに、時間との距離感を適正に保つスキルを

身につけることなのです。

 

今まで書かれたことに少しでも共感するなら、

ここからが本当に重要な話です。

 

皆さんが「当たり前」だと思って従っているルール。

時間に追われ、

生きるために成長しなければならないという強迫観念に追われ、

生まれたその日から従い続けてきたこの経済社会のルール。

 

これには、本当はなんの意味もないのです。

 

宇宙から見た地球の画像を見てください。

我々の日常に起こるすべての事象は、

この漆黒の宇宙にひっそりと浮かぶ、

この青く美しい天体の表面の上で起こる

全宇宙からみたらまったく関係のない、

他愛のないできごとなのです。

 

誰がどれだけ得をしようが損をしようが、

宇宙にはまったく関係がありません。

 

もっと言えば、我々が認識している時間という概念でさえ、

本当は存在していないんですね。

 

朝の7時という時刻なんて、本当は存在していない。

ただ、我々が勝手に決めて、

それに従わなければならないと思い込んでいるだけです。

 

この感覚、わかりますか?

 

非常に重要なことは、

「そんな解釈もあるよね」ではなく、

ここに私が書いたことの方が「本当の姿」なのだ、

という事実を知ることです。

 

それを知った上で、仮の姿として、先ほどまで書いていた

論理的な思考に立った時間概念とお付き合いすればいい。

 

こころの距離をとるということです。

すべてはゲームのようなものなので、

決して本気になってはいけない。

 

お金にも、時間にも、本気になってはいけないのです。

それらは人間の脳の中に存在している概念なのであって、

実態は存在しないのですから。

 

ここまで、わかっていただけるでしょうか?

 

 

我々は何か目標を達成するために生きているのではないのです。

 

達成すべき目標なんてそもそもない。

 

ではなんのために?

 

我々はただ生きているのです。

あえて人生の中で達成すべき目標はありません。

ただ、役割はあります。

それは「生命」という「大循環」の流れの中で、

今を生きるということで自分が手にしたバトンを

次の命に渡し、その大循環を維持することです。

 

それだけが、役割です。

 

その役割とは別のところに経済社会は存在します。

そしてそのことが人間も含めた、

この生命の大循環を傷つけ、駆逐しようとするのです。

 

まったく面白い現象ですよね。

 

生きづらいとか、生きにくいとか、

そんな言葉を毎日見聞きしますが、

その原因はなんですか?と考えれば、

その中に自然現象なんかひとつもありません。

 

ぜんぶ、人間がつくりだした、人間起因の問題ばかり。

 

その事実にハッと気づき、驚愕してほしいのです。

その大きな謎の前で、しっかりと立ち尽くし、

「なんじゃこりゃ?」と素直に反応してほしいのです。

 

その気づきが、このアベコベな世界の中で

あなたを豊かな道へと引き戻そうとしてくれるでしょう。

本気になって向き合うべきものは、

今、実際にそうしているものではないものだと気づくでしょう。

 

これはスピリチュアルではありません。

意識の正常な転換です。

 

 

ここまで書くと、

現代社会に疲れた現代人に

「無理しなくていいよ」と言っている

メンタルヒーリング系の人と思われてしまうかもしれないですね。

 

でも、ちがうんですよ。

 

私はいま、このせちがらい社会の中で、

それでも心豊かに生きていくための

方法論について説明しているのです。

 

無理はしてください。

「無理をしなくていい」という言葉は毒です。

生命としての生きる力を削ぎ落とす毒です。

 

どんな生命体も生きるための努力をして生きています。

それを決してやめてはいけない。

それは種の終わりに直結するからです。
 

「努力」は、どんな小さなものでも必ずストレスです。

ストレスは必要なものなのです。

大切なのはその量とバランスです。

 

今の自分より、少しだけ無理をして挑戦する。

そうすることで、感じるストレスを乗り越えるところに、

人は生きがいを見出します。

 

そうすることで、経済社会での成長ではなく、

豊かな心を成長させることができます。


心身が耐えきれないような大きなストレスはダメですが、

心の中を無菌室にしようとすることも、

同じくらいにダメなことなのです。

無菌室では菌も生きられませんが、人間も最終的には生きられません。
環境に抗う力がなくなってしまうからです。

 

だから私は「無理しなくていいよ」という人が好きじゃないし、

そんなことじゃないよねと思う。

とくに子育てなんかでも、ですね。
一見、優しくていい親のようで、
次の世代の生きる力を無力化している。
これは本質的な意味でのある種の人権侵害だと思います。

 

重要なのは、「無理の量を知り、コントロールしようね」ということ。
無理を避けるのではなく、無理こそが人間成長の糧であり、

そこには無駄や失敗というキラキラと輝く要素が散りばめられている。

そんなふうに思っています。


人間は、決められた時間内に何かを達成する必要はない。

そんなルールは生命のルールブックには刻まれていない。

 

けれど、生き抜くための努力の必要性は、

生命のルールブックにも刻まれている。


この地球上のすべての生命が、過酷な自然環境の中で

生死を巡らせながら命の大循環に参加し、

それを支えているのです。


 

いい感じに脱線しましたが、

生きるために必要な二つの時間の概念、おわかりいただけましたか?

 

ひとつは今の社会に流れる限られた時間で、

その中で可能な限り成長を目指すというもの。

 

もうひとつは、

そんなものは本当は存在しないという真実を

知っておくということです。

後者の実践のためには、
我々が生きていられる時間の範囲を遥かに超えた高い視座から

時間概念そのものさえも見下ろすような高い視座から、

今を見つめ直し、大きな心でそれを包むことです。

 

一見、無駄なことや失敗という体験が、

美しい色彩を放つようになるのを感じてください。

 

それこそが人生の彩りなのであって、

苦しかったことや回り道したことだけが、

最後に脳裏に美しく残る記憶なのだという事実を

味わい深くかみしめてみてほしいのです。

無意識に感じていた「焦り」が

消えていくことを感じることでしょう。

 

まずは、今日、信号が点滅したら、

立ち止まってみましょう。

そしてスマホを見るのでもなく、空を見上げてみてはどうでしょうか。

 

そこはこの宇宙のどこなのか。

そんなことに思いを馳せながら。