「わかっちゃいるけどやめられない」って言葉があります。
誰しも「頭では分かってるんだけど、なかなか・・・」ってことあると思うんです。
tkm自身多々あります。
でも本当に人はそれを分かっているのでしょうか?
つまりは、本来やらなくてはいけない事柄が目の前にあるのにも関わらず、
その重要性をちゃんと理解した上で、それ以外のことが止められないのだろうか。
頭で「わかっていながら」その上で、本を読んだり、テレビを見たりといった「やらなくてもいい」行動をしているのだろうか。
なんとなく楽しいから、なんとなく時間がつぶれるから。
現実逃避と言う行動は、
勉強や仕事などの「本来やらなければいけないこと」の重要性を理解した上での行動としては、
あまりにも短絡的かつ、いい加減な態度ではないだろうか。
しかしそんないい加減な態度を多くの人は繰り返してしまう。
毎日ダラダラと寝転んで小説を読んだり、寝る前にネットサーフィンを何時間もしてしまったり。
そんな毎回の繰り返しをなぜ人はしてしまうのだろうか。
一方で野球選手やマラソンランナーは毎日バットを振り続けたり、走り続けたりする。
一流の研究者は毎日同じような実験を何度も何度も繰り返す。
彼らはその繰り返しを賞賛こそされど、批判されることはほとんど無いのである。
ただこの行動を、「繰り返し」という観点から見た時、
この両者の間にそんなに大きな差があるのだろうか。
そもそも世界とは常に変化し続けるものである。
世の中に時間という概念が存在し、生物が成長と衰退という構造から逃れられない以上、
世界が変化し続けるのは至極当たり前のことである。
だが全てのモノが常に革新し、変化し続ける世界はその安定性を無くし、
自らのスピードに耐え切れず崩壊してしまうだろう。
それに何かの本質を見定めようとした時、
その変化を見極めるためには自分自身が確りとした個を確立し、その上で定点的に物事を把握することが非常に重要になってくる。
だからこそ、その世界の中で進歩、進化に憧れながらも
同じところに留まろうとするのが人なんじゃないだろうか。
常に変化する世の中で、「自分が自分でいる」と言うことが、
ある意味、「新しい自分を見つける」なんてことよりも何倍も難しいわけで。
きっと変わり行く世界の中で、常に同じ状態を保とうとするのが「人間」と言うものの本質なのである。
つまり、
「有意義な休日を!」と考えながらも毎週日曜日は昼近くまで寝てしまう。
そんな繰り返しを行っている俺はある意味人間らしい人間なのである。
という日曜日を有効に使えないtkmの言い訳でした。