JR浅草橋駅から南に進むとすぐに神田川に架かる浅草橋が見えてくる。

この橋の袂に浅草橋公園があり、その入口に「浅草見附跡」の石碑が建てられている。


今では歴史の面影はないが、ここはかつて36か所あった江戸城の門のひとつ、浅草見附があった場所だ。三十六見附(みつけ)と呼ばれ、江戸城を守るために見張りを立てて警備をした場所のようなところだ。

36か所も門を設けていたとは!!敵の侵入を防ぐために徹底した防衛体制を築いていたのは徳川家は抜かりがなく、大したものだ。


また、この場所は、1657年に起きた明暦の大火という10万人以上の死者をだした大火事の悲劇の場所でもある。


伝馬町にある牢屋敷の囚人。長官を務めていた石出帯刀(いしでたてわき)は迫りくる火の手から囚人を避難させるために、一時的に釈放することを決定。その囚人らが浅草見附の方に向かって避難していたところ、門の見張りが囚人らを発見。火事を機に逃げ出したものだと勘違いし、脱獄を阻止しようと御門を閉めてしまう。この影響で、避難していた一般の人々も逃げ場を失い、多くの人々が溺死もしくは焼け死んでしまったという悲しいエピソードが残っている。なんとも辛くなる話だ。


知らないことばかりでオモシロイ。