1833年、徳川家斉のときに江戸相撲の本場所は、両国にある回向院の境内に決まり、相撲興行が定期的に行われていた。


そのことから、明治42年(1909年)に、回向院の境内に相撲の常設館が建設された。


収容人数は13,000人。開館当時は両国元町常設館と呼ばれていたが、名称を一般公募で募り、「国技館」という名称に決定。

ここに国技館が生まれ、相撲が大盛況となった。


その後、東京大空襲で火災に見舞われたり、終戦後はアメリカ軍に使用されるなど苦難を経験。


しかし、相撲の文化は消えることなく、新たな国技館が回向院から数百メートル離れた場所に移り、今も白熱した大相撲が行われている。


場所は移ってしまったが、かつて土俵のあった場所には円形の形が刻まれていたり、回向院境内には、歴代の相撲年寄を慰霊するための石碑である「力塚」が建てられていたりと、旧国技館の面影が今も残されている。


知らないことばかりでオモシロイ。