江戸時代、寺社や仏閣の建築や修理の資金を集めるために、寺社の境内で行われていた相撲を勧進相撲という。


当初は不定期で開催していたが、徳川家重、家治時代の宝暦の頃になると、春と冬の年2回、10日間の定期開催となった。


定期開催場所として使われたのが、両国にある回向院で

両国国技館が両国にできたきっかけとも言われている。


大名たちはお抱えの力士を応援し、

谷風、小野川ら人気力士も出てきて大相撲が大盛況となった。


さらに大相撲人気を加速させたのが圧倒的な強さで負けを知らない力士「雷電」だ。


通算勝率.962という21年間の生涯で10回しか負けていないというから異常なまでの強さ。


三分坂を下ったところにある報土寺には、雷電の墓とともに雷電の手形が彫られた石もあり、かなりの巨体だったことが窺い知れる。







知らないことばかりでオモシロイ。