人は自分に言い寄る人より、
自分が興味ある人に構われたい。
というのが真相だと思います。
と言う事は、相手と親密になるには、
自分にある、相手の興味の部分に
触れさせないと相手の関心は
こちらに向かない、ということです。
思い当たりますね。
「相手が関心ある事」、の情報は、
事前にもってなければ話さない限り分からないし、
公開されているものなら調べる準備が必要ですね。
手ぶらで人と会う事は、
自分の関心だけを「もらおう」とするだけの行動ですから、
別れ際に「またお会いしましょう」と言っても、
相手にとって、自分の存在から得るものがなければ、
相手は社交辞令で笑うだけで、
2回目はないかもしれません。
逆に、自分の興味をや夢、相手の興味に触れる情報を
常にオープンにできる人は、
わざわざ向こうから自分情報を下げて現れてきてくれます。
「人の話しは聞く」ということも真実ですが、
それは相手の「欲している」ことを満たすだけで、
相手が自分に「関心の接点」を見出したことにはなりません。
きっかけがあって「知合い」
関心を持ってもらって「縁」が始まり、
互いに縁を育み、求め合って「人脈」になるそうです。
「縁」とは、相手への「関心」や気配りであり、
相手からの「関心」や歩み寄り、だとすると
「縁を育む」、とは、
「自分」を伝え、
「相手」を知る
ほんのちょっとの努力が必要ですね。
相手の話を聞くときも、
自分の聞きたい事だけ聞くんじゃなく、
その人の関心がどこにあるのか
「注意」をもって聞く姿勢が必要なんでしょう。
それをしたためて、次に会うときに
準備してくるだけで、相手の関心を
射止めることができると思います。
でもそれが終わりじゃありませんね。
そこから始まり、育みだすわけですね。
仲良し、と思っている人、
人脈、と思っている人、
相手は自分の「何」に関心を持っているんでしょう。
もしかしたら、唯の「知合い」なだけかもしれません。
大したことでなくても構わないから
何かや、誰かと比べる必要なく、
たいしたことない、と思っている自分のレベルくらいの
情報がほしい人や、大げさでない情報に救われる人が
いるのも事実だと思います。
それがたまたま趣味だっていいし、感想だっていいし
たまたまビジネスだってかまわない。
自分にある情報を「発信する」ことで
誰かに影響して縁が生まれて、
徐々に大きくなっていくのかな、と
最近特に感じます。