○17/10/31視聴
・『ベイビー・ドライバー』
*視聴2度目なんですが
最初の時は個人的に色々あり映画評どころでなかったので割愛いたします。人生はつらい。
享楽主義と思ってこれ絶対受けると思い誘ったのに、「なんでそんなにポンポン人殺すの」と不満そうでした。なんでや。

*雑感
さて、ラララの時も強く感じたが、とかく要素を使い倒すことがこのほどの普遍的な美徳なのであろうか。
作中ほぼ唯一まともな人間だった割に「俺が消えたら死んだと思ってくれ」と言い捨てほんとうに序盤で消えてしまった彼(役名もわからん)の言った通り、手を汚す覚悟のないベイビーの態度は結果どうあれ仕事仲間との不和を生むことになるが、例えばその一点だけ取っても、忠告セリフが後のシーンでほんとうに訪れる危機を指し示すのって主人公の不完全さを強調表現した上で成長・克服の物語の一端となる伝統的な手法なのだが、これがまるで活かされない、活かされないどころかベイビーには恐らく意志の強固な側面が初めからあり、撃たないのは恐怖ではなく信念からで、デボラの為ならいともたやすく引き鉄を引く。これ、まったく成長物語でもなんでもないではないか(笑)
憤怒の形相でジェイソンと向かい合ってアクセルを吹かし合う場面に至ってはいやはや、いったいこの映画はどうなってしまうんだと固唾を飲まされました。

*演出
レイトショーにご一緒させていただいた同席者の方(兼ねてからお会いする機会を伺っていたところ機運があり初邂逅となり嬉しい)、とにかくミュージカルシーンが好きで、ララランドもベイビードライバーもつかみでやられるというチョロさを見せていたんですが、見解として、「ミュージカル演出という手法が受け容れられなくなった結果のメタミュージカル」とのことでした。僕が考えていたのは逆で、「ミュージカル演出が飽きられてきた故の工夫としてのメタミュージカル」だと思っていたのですが、まあ、見方と印象で変わりますよね。僕は映画観る人はもうふつうのミュージカルシーンには飽きていると思っていたし、彼女はこういった流行り物映画を観る人はミュージカルシーンには親しみがないと分析していました。さもありなん。どうでしょう。

*内容があるかっていうと
同席者さんも言ってましたか、ケビンスペイシーのあの善玉への転向から直後の大轢殺に至る理不尽さとか、憤怒の形相でカーフロントどつき合いとか、まあ理不尽で、決して内容に完成度があるものじゃないんですよね。
ララランド、君の名はもそうでしたが、これってもう1つの傾向と言って終わらせるものでなくて、そういう種別でしょうね。あえていうならミュージカル映画でもなく、サントラ映画、あるいはMV映画。いい音楽、渋い音楽を使い、画面と高度にリンクさせ、聴かせ、観せ、魅せる。そういう方程式が出来上がっているしある程度マーケティングがある印象。

まあ、手法の伝統性のいかんと作品の良し悪しは全く関わるところではないのですが。
身も蓋もなく言えば今作は、MV映画であることも含め、映画史にかかせない「過渡期を体現する映画」なんだと思います。伝統を重んじる、あらゆるパロディも試みる、しかし新しい技術と映像を取り入れる、流行りにも乗る。その結果綻びや摩耗もありましょうが、まあよしなにしようやという。兎にも角にも全く後ろ暗くない娯楽映画なので。

個人的には結局一番シンプルな場面が良かったですね、超名曲をバックにスクラップ場で感傷に浸りまくるベイビー。スーパー名シーンですねあれ。
デボラかわいい。田舎かわいい。


○とりあえず
観た映画から……なんとか……なんとか……