勝負にこだわり、思いやり上手の選手は山ほどいる。
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勝負にこだわる子はサッカーがうまくなる反面、
他人への思いやりが下手になる。
と誰かが書いていた。
それは物事を二律背反でとらえ、現象を短絡つけるものだ。
勝負にこだわり、思いやり上手の選手は山ほどいる。
ただ、
勝負だけにこだわるチームに、思いやりが薄い子は育ちやすい。
勝負さえ勝てばよいチームは、人は育たないことが多いのだろう。
だが逆に、
勝負にこだわらないサッカーやるチームでは、思いやりが厚い子が育つとは思わない。
勝負にこだわらないサッカーで人が育つとはとても思えない。
勝負にこだわるから競技スポーツは深い思いやりを身につけさせてくれるのだ。
思うところは、
考え深い人や師に支えられ、
サッカーの勝負の中で勝ったり負けたりで、
口惜しさ嬉しさを経験し、
はしゃぎ泣く中で、
自分の感情を豊富に身につけ、
そういう自己肯定観を豊かにした少年が、
やがて、
自分のチームのあいつの事、相手チームの事、
自分に向けられた喜びや悲しみがだんだん外に向き、
少しづつまわりが見えてきて、
勝った彼ら、負けた彼らから、
泣いたあいつ、思い切り喜んだあいつから、
何かを感じ始め、想像力を発揮し始める。
きっと彼は昨日のオレで、明日の僕だと。
そんな先見た指導の大らかさを持った大人が育成現場には必要だ。
それには幼少からの親の愛情と家庭のしつけと
10歳越えたら彼を人として突き放す子離れが不可欠だ。
大人は絶対に一緒に喜んだり悔しがらない事。
今日の勝ち負けを正しく彼らに理解させれること。
「次が大切」「勝利は一瞬」がわかる家庭であること。
一つの勝ちに大人がはしゃぎ、ああだこうだと酒の肴にする、
一つの負けに大人が反応して、何者かをその原因と非難する。
そんな品性の低さは誠に「始末が悪い」(笑)