こんにちは。
夢に向かって一日一日を大切に積み重ねる理学療法士、板橋隆宏です(*^^*)
昨日のブログで、僕は遂に色んな事がややこしくなる法則を見つけてしまいました(≧∇≦)b
それは当事者以外の第4者が絡み出して来た場合です。
これ、人間関係ならまあまあ分かりやすいと思います。
なので、今日は「物事に対する気持ちの一例」として、僕の得意な「ゴミ拾い」で紹介してみたいと思います。
例えばですよ。
目の前に、タバコのポイ捨てがあります。
ここで当事者とは、勿論ゴミ拾いしてる自分と目の前に佇むタバコですよね。
で、昨日物事が上手く行くためには客観的第3者の存在が必要。と言ってましたね。
というのも、タバコとゴミ拾いしてる自分
だと、関係性は一方的になってしまうんですね。
そこに落ちるゴミをただ一方的に拾う自分。これだと、気持ちが入ってきにくく、多分長続きしないし何のためにゴミ拾ってるんやろ?とかになりやすいんですね(*^^*)
そこで客観的第3者の登場です。
それは、自分の「心さん」です。
この時、あくまでも客観的第3者としての登場が望ましいのです。
この時、主観的第3者として登場してくると、「街を綺麗にするために」とか「ボランティアがしたいから」とかだと、
ゴミ 対 自分+正義の心。
という構図になります。これだと最初はいいんですが、ゴミが尽きないこの世の中で多分長続きしなくなります。
で、客観的第3者とはどういうことかというと、気持ち的に「ひろう?」「拾わない?」
というただただゴミに対して行動としての問いかけだけなんです。
余談ですが、今回はタバコの例なので、即答で「拾う」なんですが、中には自分のキャパを超えたゴミとか、大量に固まりで落ちてる事があって、葛藤の末「拾わない」選択をする事もあるんですね。
で、話しを元に戻すと、当事者である自分が、ただ目の前のゴミと対峙した時に、客観的第3者が「で、どうする?」と問いかけて来た時に「する」か「しないか」を決断する。これだけでいいんですね。
これに対して、第4者が関わってくると話しがややこしくなってきます。
(ここまで、この意味の分からない文章につき合って頂きありがとうございます<(_ _)>)
ここでいう第4者とは、
「ゴミを捨てた誰か」
です。
コイツが出てくると、
「こんな所に捨てやがって!!」
「誰や!捨てる奴は!!」
「何考えてるねん!」
「シバくぞ!!」
って、なりますよね。
で、段々と攻撃的になってきます。
よくよく考えてみて下さい。
そもそもゴミを拾う目的は何だったんですか?
第4者はまったく関係ないですよね。
ゴミを拾いたいと思った自分がその時、そこにいただけ。
この時、出来れば相手のゴミの立場の気持ちにも寄り添えるとより良いですね。
(ゴミの気持ち。これについてはまた、時が来たらブログで綴りますね☆)
という事で、第3者がいるとスムーズになって、第4者が絡むとややこしくなるという話しでした(^ー^)
乱文かつ意味不明な文章に、最後までお付き合いありがとうございます(*^^*)
最後まで読んでくれたあなたは、ゴミ拾いのセンスがあるかも知れませんね(^.^)
では、また(´▽`)ノ
