ワタクシの中では「コレはない」と結論づけていた京都検定……。
なんの因果か、受検するハメになってしまいましたーっ
なんでも、
「ここのところずっとダラダラゴロゴロしてるけど、イクナイ」(それは否定しない)
「江戸受かったんなら、京都だってイケルはず」(意味不明)
「京都に行かなくても受けられるからダイジョウブ」(たしかに受検会場は同じ明大……)
「江戸検は11月だけど、京都検定は12月だから余裕綽々」(意味不明Ⅱ)

で、いつのまにか家族が公式テキスト申しこんでたー

だけどさぁ、神君家康公ラブのゴマは、太閤アゲーな上方気質はそもそも肌があわんのじゃい

だいたい秀頼なんて確実に托卵じゃん
(20人いたといわれる秀吉の側室のうち、のちに家臣に下げ渡された数人の女性は子供を産んでいるこれにより、女性側に原因のある不妊ではないことは確実。
にもかかわらず、淀殿のところにだけ立てつづけに2度も子が…ほらね)
だれの子胤かわからんガキに、何度も生命の危機を乗り越えて、ようやく手にした天下を譲るアホがいるかよ
当の秀吉からして、本能寺の変直後は信忠の遺児三法師を利用して主家を立てるフリしながら、半ば統一しかかってた天下を乗っ取ったみたいなもんじゃないか
家康くんは最晩年まで戦場にたち続け、実力で天下取ったんじゃい
自分の城が攻められてるつーのに、1度も出陣することなく滅んだどこかのヘタレとはちがうんじゃー
恨まれる筋合いはないっ
くやしかったら武人らしく正々堂々と戦場に出てこいっ

それに、あれはただダラダラしてたんじゃない!
熊本城ショックで鬱って脱力してただけだー!


家康ざま~、だずげで~