私達、消防職員や警察官の方々は、ご遺体を見る機会は、普通の方より多いと思います。
私は人生で初めて見た遺体は、祖母でした。
とっても優しかった祖母なのに、怖くて怖くて、近づくコトさえできませんでした。
次に見たのは、某犯罪者が好んで見ていたというコトで話題になり、18禁になったビデオでした。
そのビデオは各国の事件や事故で亡くなられた方々のご遺体を、モザイクなしでうつしている物でした。
1本のビデオに何十人もの方々のご遺体が、次々事件内容と共に映像でうつります。
もうきっと今はないと思いますが・・・
次に見た遺体は、祖母でした。
その祖母は母方の祖母で、脳梗塞で倒れて、既往で糖尿病を持っていて、約2年間入院生活を送った末に、病院で亡くなりました。
もう自分では体を動かせない状態でしたので、当直の看護師さんがお風呂に入れる時に落としてしまい、それがきっかけで内出血を起こし、そのまま亡くなりました。
看護婦さんと一緒に体を拭いて、着替えをさせている時に、祖母の体のあちこちの傷や怪我等を始めてみました。
その時、看護師さんに教えてもらいました。
「おばんちゃんは、どんなに辛くて痛い時でも、絶対に『痛い、辛い』とは言わなかったよ。2年間、よく頑張ったんだよ。」って。
その時から、私の考えは変わりました。
遺体は『たからばこ』なんだって。
大好きだった祖母の魂を入れて、守ってくれてた『たからばこ』
うまれた時から、約70年間もの間、祖母の魂と共に頑張ってくれた『たからばこ』
だから魂が出て行った体をいたわって、大切に葬ってあげるのが、『たからばこ』への感謝の気持ちなんだって。
それから不幸が続き、その祖母の連れの祖父が他界し、翌日にいとこ(享年26歳)が亡くなりました。
でも怖いとか気持ち悪いなんて気持ちは、全然ありませんでした。
「お疲れ様。本当に長い間よく祖父を守ってくれたね。ありがとう。」
そういう気持ちでした。
私は消防官と警察官の違いは、そこにあると思います。
ハッキリ言いますが、生きていれば『消防』・亡くなっていれば『警察』だと。
私達消防官は医者ではありません。
ですから明らかな死斑等の確認がない限りは、人工呼吸や心臓マッサージをして救急車で病院に運びます。
戻ってくるコトを信じて。
私のもっとも尊敬する先輩が、昔教えてくれました。
事故現場でもしも要救助者が体が半分に切れていても、車と壁にはさまれて5センチ位の薄さになっていても、顔が半分つぶれていても、消防官はあきらめちゃいけない。
見た目でどう見ても生存の可能性はないと思っても、絶対に諦めない。
挟まれているなら、「大丈夫だからな。もうすぐ助けるから。頑張れ。もうちょっとだから頑張れ。」って声をかけながら、少しでも負担がかからないように、痛みを感じさせない方法をとりながら、ちょっとでも早く助け出す。
生きているコトを信じて。
もしも事故等でなくなっていても、少しでも早く痛みを取り除いてあげて、家族のもとに帰してあげる。
もしも海や川でなくなっているのなら、少しでも早く冷たい水の中から助けだしてあげる。
苦しみを取り除いてあげる。
助ける。それが救助。
それに生死は関係ないし、俺達は医者ではないから、そんなコトを勝手に判断しちゃいけない。
それが消防だから。
って。
シビれました。
私も消防魂を持った、この人のような消防人になりたいと思いました。
諦めの悪い消防官になってやろうと思いました。
絶対助ける。
諦め悪く必死こいてどろどろになろうと、汗だらけで必死な顔してどんなにカッコ悪くても、市民や要救助者の前では笑顔で、生きてるコトを信じて諦め悪く声をかけ続ける消防官に。
それがどんなにキツイ状態でも、家族にとっては大切な家族。
大好きな人。
だからその『たからばこ』がどんなに変形していても、他人に「気持ち悪い」とか、絶対に思われたくないハズです。
私ならそうです。
自分の大切な家族・仲間が亡くなった時、通りすがりや消防官・警察官に「気持ち悪い」とか「エグイ」なんて、絶対言われたくない。
もしも魂がいなくなって、『たからばこ』だけになってしまっていても、大切に扱ってほしい。
その人の魂を守ってくれていた、大切な『たからばこ』だから。
そういう気持ちでこれからも頑張っていきたいと思います。

