モンスターペアレントにならない方がいい本当の理由を考えてみた。 | ゆっこのブログ✳︎産後危機!?出産後の夫へのイライラ✳︎

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父親になった旦那を、もっと好きになるだろう。そう信じていた。出産するまでは…

旦那のことは相変わらず愛しています。離婚する気なんてありません。ただ、子どもを守るための本能なんだと思います。そぅ、産後の妻は我が子を守るために猛獣になるのです。

うちの旦那、結構細かい&自分が納得するまで話をする節がありまして。そこがいいところでもあるんですけど。そんなこんなで、息子が保育園に行くようになったら、保育士の人にも自分が納得いくまで話をして、自分の納得いく方法で保育をさせるんじゃないかと心配してまして。モンスターペアレントになりかねないなと。

 そもそも、何でモンスターペアレントにならない方がいいのかな、と私なりに考えてみました。


1、そもそも、モンスターペアレントって??

モンスターペアレントとは、学校などに対して自己中心的かつ理不尽な要求をする親を意味する。(Wikipediaより)

この自己中心的ってゆーのが難しい所ですよね。今の保護者って、逆に「モンスターペアレントにならないように」って、あまり幼稚園に意見を言ってくれなかったり、本当は言いたいことがあっても我慢してしまったりしてしまう人が結構いるように思う。感じたことや不安なこと、聞きたいことや、不満に思っていることは、教師に伝えて構わないと思っています。それがコミュニケーションだから。
では、どんな所からがモンスターペアレントになってしまうのか。それは、一方的な所にあると思います。教師は、言葉ひとつや行動ひとつとってみても、意味をもった行動をしています。(そのハズです)幼稚園で行われる製作や運動、ダンスの活動だけでなく、ケンカの仲介の仕方や声のかけ方にも、意味を持っています。その意味を聞こうともせず、またはまったく聞き入れずに、一方的に意見を押し付けるのは、モンスターペアレントだと思います。(もし意味を持たず、ただ感情的に指導をする教師がいたとしたら、苦情をいうのは当たり前だから、それはモンスターペアレントではない。)




2、なぜモンスターペアレントにならない方がいいのか

さて、ここからが本題。なぜモンスターペアレントにならない方がいいのか。

それは

子どもの経験を減らしてしまう恐れがあるから

です

簡単な例をあげてみます。
ケガをして帰ってきた子どもを見て、「ケガをさせないようにしてください」と保護者の方に言われたとしましょう。ケガをさせないために、教師は外遊びをさせないようにさせたとします。その場合、その子は「運動する」という経験が出来なくなります。

この例は極端ですが、モンスターペアレントに一方的に苦情を言われた時に取る教師の対応は、「苦情を言われないように」という対応になり、このくらい極端になってしまうこともあるのです。

3、モンスターペアレントにならないために

でも、やっぱり我が子はかわいいもの。先生に不満があれば苦情を言いたい。その時に、少し立ち止まって考えて欲しいことがあります。それは

子どもにとって一番大切なことは何か

ということ。

ケガをして帰ってきた時、その子に本当に必要なことは何でしょうか。ケガをしないように先生に管理してもらうこと?いえ、私は違うと思います。

自分で危険を察知できる力を持つこと
危険を回避する力を持つこと
危険な状況になった時にもそれをかわせるだけの身体能力を身につけること…

そのような力を身につけることだと思います。なので、その力を身につけるために、

「うちの子ケガをしやすいみたいで…身のこなしが悪い気がするのですが、先生からみてどうですか?」「無茶をしがちで危険を察知できていないように思うのですが、どのようにその力をつけていってあげたらいいでしょうか?」

など、「苦情」という言い方でなく、「どうすればよいか」「保育園(幼稚園)でそのような力をつけられないか」という、前向きな話だと、伝えたいことも伝えられて、なおかつ子どもの経験も積み重ねられていいのではないでしょうか。



大事なことだなと思うので、もう一度言います。

子どもにとって一番大切なことは何か

恐らく、これからの子育てで、いろいろな壁にぶつかると思います。特に友達関係なんて、今から考えただけでもぶっ倒れそうな位心配。でも、私は常にこれを一番に考えて行きたい。困ったことがあった時に、その事柄を排除するのではなく、それを乗り越えるために必要なスキルを身につけられるようにしてあげたい。


4、最後に
子育てをするにあたって、100人いれば100通りの、1000人いれば1000通りの子育てがあると思います。そして、先生も100人いれば100通りの、1000人いれば1000通りの教育があると思います。やり方が違って、時にぶつかることもあります。そして、私はそれでいいと思っています。だって、子どもたちがこれから巣立っていく世界には100人いれば100通りの、1000人いれば1000通りの考え方がある世界なのだから。そして、その世界を生きていかなくてはいけないから。いろんな保護者がいて、いろんな子どもがいて、いろんな先生がいる。考え方はひとつじゃなくて、無限に存在している。その中から、自分の一番良いと思う道を進んでいく。だから、子育ても教育も1000通りだって何万通りだってあっていいと思う。合わない先生に出会ったっていいと思う。その中で、その子が自分の道を選んで進んでいけるのなら。

最後になりましたが、こんな素人の書いた文章を最後までお読みいただきありがとうございました。これを読んだみなさんの意見、良かったら聞かせていただきたいです。