グランジ、オルタナで一時代を築いた代表と言ったらNirvanaですね。1990年、ヘヴィーメタルやハードコア、パンクが下火になりゆく中、現れたバンドっていう印象です。言っても僕が生まれたのが1993年なので当時のことは分かりません。なので、僕なりにご紹介を。間違ったところがあるとごめんなさい。

カートコバーン氏です。



言っても、ギターボーカルのカートコバーンの生い立ちってのもあまり良くなかったということしか分かりません。かなり根暗が故に悩み事も多かったんだと思います。その中でカートを中心にNirvanaが作られ、1989年に1stアルバムを世に出しました。1stアルバムはブリーチってタイトルです。あまり聞き込んでいないです。暗すぎるんです。本来のカートの暗さがギターの音にまとわりついていて。なんと言っていいのかわからないけど落ちますね。えぇ。




2ndアルバムは自身の所属している事務所からノルマを課せられ、大衆向けの曲を書きました。結果は爆売れです。3000万枚とか4000万枚とか。ほんとに売れる曲ばかりでした。僕もこのアルバムがきっかけでギターを買いsmells like teen  spiritを初めて演りました。




ポスター等で見たことあると思います。
それくらい有名な一枚ですね。

この時くらいにはもうカートは悩みがいっぱいでヤク漬け状態でした。自分のやりたい音楽を捨てて世に出したアルバムでしたから。そして、3rdアルバムを出します。インユーテロです。アルバムジャケットは女神らしき女性が描かれていて手を広げてます。


インユーテロとは子宮の中、子宮内の意味。羽を広げる女性は子宮の形に例えたのではないかって言われてるよね。この3rdアルバムはある種、原点回帰だと思いました。限りなく1stに近い音で一発撮りに重きを置いていたと感じました。

このインユーテロアメリカツアーが終わり1994年の3月にインユーテロツアーをドイツで行います。その1ヶ月後にカートは銃で自殺してしまいます。Nirvanaの解散になります。あのグルーヴ感はカートにしか出せませんから。


自殺については諸説あります。他殺なのではないかと言われています。それに関しては割愛しますね。僕が思うに、彼はもともと長くはなかった。自殺未遂を繰り返していたし、なによりヤクのODで死にそうになったこともあります。


彼にとっては生きていること自体がシガラミだったんじゃないかな。

自分のやりたい音楽では食っていけない、でも自分のやりたい音楽は捨てられない。そんな葛藤の中で大衆向けの2ndは売れ、抜群に名前が売れ、私生活をメディアに晒され、疲れ果てていたのかもしれません。最後にインユーテロ出して終わりにしようって考えはその時にはあったのかもしれませんね。

天才が故にってやつです。






Nirvana/smells like teen spirit


僕が高校2年時、ギターで初めてコピーした曲ですね。この曲が1番有名ですね。





Nirvana/breed


疾走感あって好きな曲です。10-feetがカバーしました。





Nirvana/rape me

この曲も有名ですね。タイトルが衝撃的です。私を犯して。カート自身は反レイプの曲だって言ってましたね。テレビ番組に呼ばれた時にNirvanaはrape meを演奏する予定でしたがlithiumをしてくれとテレビ局側に言われました。生放送の番組なので過激な曲されたらモザイクも入れる事ができません。カートは不機嫌そうにしつつ最初に少しだけrape meを鼻歌混じりにやったりrape meのフレーズをlithiumに混ぜて演奏しました。そんな逸話があります。その映像は多分まだYouTubeにあると思いますが権利上、貼ることはできません。




そして、音楽ってやっぱ不思議ですね。言いにくいけど演奏も下手、歌もそこまでなNirvanaが爆発的にヒットしたんですから。まぁ時代ってのもあるんですけどやっぱカリスマなんですよね。天才です。かっこよくて金髪でギターはレフティ(左利き用)で鬱屈でヤク中。レフティで、あんだけかっこいいなって思ったのはカートぐらいしか思い浮かびません。


完全なグランジのバンドはNirvanaくらいだと思います。唯一無二ですね。有名バンドですが広まるといいなって思います。