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TKドラゴンズのブログ

京都御室少年野球チーム TKドラゴンズのブログです。
TKドラゴンズは甲子園出場経験者の会長兼、監督が怪我のない野球にするために最新の練習方法を取り入れて楽しめる野球をしています。

前回のブログで、TKドラゴンズは指導者と保護者が団結し協力して子どもたちを育てていく理念について触れました。
「会長のひとり言9」で挨拶について書きましたが、その続きとして今回は読んでいただければと思います。
 
 
さて、前回は子どもに挨拶を教えない罪と題して書きましたが、今回もTKドラゴンズでの指導を始めた時から感じていることです。
 
 
人間は嘘をつく生き物である。
それは知能が発達しているからである。
 
嘘にはついても良い嘘とついてはいけない嘘がある。
その認識は子どものうちに築き上げられると私は思っている。
 
嘘には二種類ある。
一つは相手を気遣ったり、他の人をかばう嘘。
もう一つは自分を正当化したり自分をかばう嘘。
 
相手を気遣う嘘は罪が少ない。それどころかまともに本当のことを言えば相手を傷つける場合がある。嘘も方便というやつである。
相手をかばう嘘も罪が少ない。時と場合によるが、多少の罪を自分がかぶることで大きな信頼を得られる場合もある。
 
しかし、自分を正当化する嘘、自分をかばう嘘はやっかいである。
おおかた周りの人間はそれが嘘だと分かっている。しかし、一部の人間にはその嘘は見破れない。
自分の罪は逃れられても周りからの評価はガタ落ちになる。
その上、その先何を言っても信用されないという悲劇が待っている。
 
親は我が子に「嘘はついてはいけません」と幼い頃から教え込む。
周りから信頼される人間に育てたいからだ。ただそれだけなのだ。
 
幼い子どもは単純な嘘をつく。
知恵がつくと必ず嘘をつくのだ。
成長の過程で当たり前の事でなんら問題はない。
そして、その単純な嘘を親は見破り「なんでそんな嘘をつくの、嘘はついてはいけません。」と叱るのだ。
子どもは親は何でも知っていると思うだろう。なんでも見透かされていると思うだろう。
だから単純な嘘はつかないようになる。
 
成長するごとにその嘘は単純ではなくなり、自分の罪を否定するだけでなく誰かに罪をかぶせるような内容になる。
この類の嘘が出てきたらそれまでの言い聞かせる叱り方ではなく、そうとう厳しく叱る必要がある。
もう二度と嘘はつかないと自分に言い聞かせるほどこっぴどく叱るのだ。
 
こういった過程を踏んでいると、その子は他人を巻き込む嘘はつかないようになるし、よほどの理由で嘘をついたとしても後ろめたさがつきまとう。
嘘がバレる➡こっぴどく叱られる➡しょうもない嘘はつかない➡どうにもならず嘘をついてしまう➡後ろめたい
という方程式が出来上がるのだ。
 
そして、詰まる所、嘘をついて自分を正当化するよりも普段から努力して周りに認めてもらう方が楽だと気付くのだ。
 
しかし、
最近の子どもは単純な嘘をつく傾向がある。後ろめたさも無い。
小学生ともなると嘘も第二段階第三段階に入っており、なかなか見破れないことが多いのだ。
しかし、
なぜか低学年や中学年でも、時には高学年でさえ単純な嘘をつく。
週に1回しか会わない私でもすぐに嘘だと分かる程度の単純な嘘をつくのだ。
 
 
十年前からその傾向は変わらない。
何度もいろいろ理由を考えてきたが、いつも一つの答えに辿り着く。
 
こいつ本気か?と疑うほど単純な嘘をつく子どもの親は、その子の単純な嘘を見破れていないのだ。
 
嘘を見破れないと叱れない。
その子どもはそれまで親に嘘がバレた経験もなければ叱られた経験もないのだから、誰にでも単純な嘘が通用すると思い込んでしまう。
しかし、世間は欺けない。
私の前で単純な嘘をついた子どもは「なんでそんな嘘をつく!」と即座に叱られる。
さぞ驚くのであろう、嘘を嘘だと言われたことが無いのでどうしたら良いか分からなくなって、大抵はしどろもどろになる。
 
何故、親が我が子の単純な嘘を見破れないのか不思議なのだが、実際にこういった家庭は多いような気がする。
原因はいろいろあるのだろうが、私が感じるのは子どもと接触している時間が少ないということ。
常に我が子と一緒にいると、大体の行動や何を言っているのか何を考えているのかが見えてくるし、その子の周りの人間の行動パターンも見えてくるので、何か言ってきても本当か嘘かの判断はすぐにできる。
 
しかし、我が子と一緒にいる時間が短いと、外でどんな行動をしているのかは我が子の報告と周りの当たり障りのないその子の評価でしか読み取ることができない。
こうなると、例えば誰かと喧嘩をした時でも、我が子の言い分を信じるか信じないかの選択になってしまい、大抵の親は我が子の言い分を信用して相手の子が悪いという判断をしてしまう。我が子から失望されないように安全策をとってしまうのだ。
その安全策がその子にとっての不幸の始まりだとは知らずに・・・・
 
自分の嘘を親が信用するということが続くと、子どもの嘘はエスカレートし自分に不都合なことが起きると必ず親に嘘をつくようになる。
親は子どもの嘘を鵜呑みにしてどこへでも抗議に出ていく。
 
ここまで来ると、その子は学校の誰からも信用されない状況になっている。
教師はそんなややこしい家庭に関われば教育委員会にあることないこと言われる羽目になるので、誰も触らない。
マニュアルにある対応はしても決して本音は言わない。
もはや手遅れである。
 
 
我が子と一緒にいる時間が少ないのは、現代の社会では仕方のない事かもしれない。
しかし、我が子の嘘は見抜いてやらねばならないのだ。
いつもほったらかしにしてるから申し訳ないと思うのであれば、旅行へ行ったり何かを買ってやったり子どもの言い分を信じたりすることで帳尻を合わせるのではなく、週に1回でもいいから我が子と真正面から向き合ってほしい。
 
学校ではどんな過ごし方をしているのか、どんな友達がいるのか、授業には付いていけているのか、どんな遊びをしているのか、何か悩んでいることはないか、今この子は何に興味を持っているのか、友達のことを思いやれているのか、友達に嫌われていないか、自分は我が子にしっかりと教育ができているのか、自分は挨拶や礼儀は教えられているのか・・・
 
 
我が子と真正面から向き合うときに絶対に聞いてはならないことが一つある。
「自分をどう思っているか」ということ。
 
我が子が親の事をどう思っているか考える暇があったら、その子の現状や未来を考えてほしい。
親が子に好かれようが嫌われようがその子の将来には関係ない。
子どもから信頼を得ようとして行う行動など子どもを不幸にする以外の何物でもない。
 
自分のことを真剣に考えてくれていること自体がその子にとっては最大の幸せなのだ。
接触する時間が短くとも親の愛情は絶大だ。自信を持ってほしい。
 
 
接触時間が少ないのならなおさら、我が子の言い分を鵜呑みにしてはならない。
疑ってかかれとは言わないが、いろんな人に聞いて回り総合的な判断をすることをお勧めする。
子どもの言い分が正しかったとしても、周りの状況を確認して損することは一つもない。
 
 
私は、TKの子どもたちを週に1回しか見ていない。
しかし、その日は誰が誰とどんな会話をしているか、誰がどんな行動をしているか、誰がどんな表情をしているか、誰が何を考えているか、この子の性格はどうか、誰の話を真剣に聞いているか、この子はみんなからどう思われているか、コーチが親の場合は親子ともどんな接し方をしているか、保護者が見に来ている場合はどんな態度で見ているか・・・・
恐ろしいほどにいろんな角度から見ているのだ。
半年ぐらいTKにいてくれればその子の性格や周りからの評価やなんとなくの家庭の雰囲気は分かる。
その上で、その子が良い方向に進んでくれるよう、良い部分を伸ばして自信を持たせるよう指導することを心掛けている。
 
試合よりも練習の方がいろいろ見えやすいので、保護者の方も我が子がどんな感じでみんなと野球をしているか時間があれば見に来てほしい。
年に数回で良い。
自分の知っている我が子と周りの反応にずれが無いかどうか目で見て感じていただきたい。
 
しかし、見に来てほしい保護者は大抵見に来ないのが常である。
だからずれる。
 
理想と現実が違うのは世の常である。
我が子が自分が思っているほど周りから好かれてなかってもいいじゃないか。
自分の子どもの時のことを思い出せば、そんなにうまくいかないことぐらい分かるでしょ。
 
 
 
ちなみに我が子と真正面から向き合うときに絶対に言ってはならないこともある。
「〇〇君みたいにちゃんと・・・」「〇〇さんみたいに頑張って・・・」
人と比べてはならない。
ただただ傷つく。
 
 
子どもたちに罪は無い。
教える方がしっかりしないと子どもは成長しないものなのだ。
指導者だけでもダメなのです。
チームと保護者が力を合わせて子どもたちの成長を見守っていきたいと私は考えます。