お袋、いや母ちゃんが永遠の旅立ちへと逝ってしまった。
なんで逝っちゃったんかなーと今考えると
母ちゃんのラストストーリーは一年前から始まっていたと思う。


どう言う訳か本格的にブログ更新を始めたのはこの時期であり
最初の更新はあっち行ってこんな事、こっちはこんな事ばかり
茨城弁講座も、そして最近は母ちゃんの事が多かった。
俺の記憶の中に母ちゃんの存在を残したかったのではないかと。
ラストストーリーは始まっているにもかかわらず俺はそれに向かって
動き始めてしまった、延長することも出来たはずであるが
動かしてしまった。


母ちゃんも子供達が動かした針を解っていたと思う、だから少しずつ
サインを俺達に送っていたが期限は一年と定められていたので
俺達はそれに向かってまっしぐら。
なんで針を止められなかったのか?


生まれた赤ちゃんを親は一生懸命育てる、熱が出れば抱きかかえる
鼻が出ればすすってくれる、怪我をすれば赤チンキを塗って大丈夫と
言ってくれる。お金がなければ地域の皆と無尽で助け合い、
俺達をそばにおきながら「いさばや」で働いた。土方もした。
母ちゃん曰く、ダイナマイトも運んだと、それが足腰を丈夫にしたと
自慢をしていた、この話は何回しても間違えない会話だった。
しかも母ちゃんは楽しく文句も言わずに働いた。
そして俺達はなんの問題もなく育った、
こんなの親の務めだと言わんばっかりに。
情けない考えです。


育ててくれたんだから、文句も言わずに、
年老いていく親を最後は恩返しとして育てる必要があったのだ。

しかし成人した子供達は口も聞けるし、お金もある
だから自分達で恩返しをせずに人に頼ってしまう。
母ちゃんが俺達子供をそんな風にしちぇと一時たりとも思ったか。
俺は今反省する。母ちゃんゴメン。


口が聞けて、お金がある、身体が丈夫、いっちょまえに育てたのは
誰だと、そして母ちゃんはこの世を去った無言のまま。
しかも俺に何も言わずに、反省いたします。


ここ一ヶ月の間に色んな出来事が起きた。
母ちゃんが皆にお世話になってしまった。
俺が事故を起こした、しかし身体だけは。
姉ちゃんが骨折した。
そして、母ちゃんが、逝ってしまった。

この一ヶ月はどういう訳か俺が母ちゃんの家を離れる時
手を振っていた。俺は心では思っていた、近いのかと。
今までだったら手を振ろうものなら車を止めて母ちゃんに言ったはず
「あのね母ちゃん手なんか振ると恥ずかしいからやんねで頂戴、またね」
しかし感じていても動いた針を止めようとしなかった。


この一ヶ月は母ちゃんとは良い関係であった。
母ちゃんの身体症状を理解したからだと思っている。
しかし理解し優しくなった時には相手も気が付く事であってこれまた
サインではないか?お互いが優しいのだからもうやることはないと。
そして。


世の中の生き物すべては必ず正負があると思う。
もしプラスだけだったら?、マイナスだけだったら?
こんな事ありえない、生まれるから死ぬのであって、山があれば谷が
お金がある人ない人、株を儲ける人負ける人それが周波数の波のように。
だから一方的に動いた時には歪が来るのである、温暖化のように。

お経の中に「生者必滅」と言った言葉が有った、耳から離れない
今日この頃である。


母ちゃんの分俺達家族は長生きするぞ。


ミドさん 株虎さん

御心配かけました

復活いたします これからもよろしくおねがいします