天皇誕生日

太陽が生まれる日

東京タワーが50周年

今日はいい事尽くめの日である。


東京タワーと言えば我茨城県北の小学校の修学旅行の

コースだった。

東京タワーに昇って、羽田空港で飛行機を見て

それが小学生に夢を与えることだったのです。

「東京てすげえなー」て


我家計は苦しかった、俺を修学旅行に行かせるために

借金して行かしてくれた事を。


我部落の習わしについして少々語ろう。

「むじん」と言うお金の貸し借り制度があったのです。

皆お金がないので毎月例えば1000円を各家庭の奥様方が

お金を出し合うのです。

そのお金をその時に必要な方が集まったお金を競りを落とすのです。

10人集まれば10,000円になるわけです。

その時お金が欲しい人は競り落とすために利子に相当する値札を

書き込むのです。

例えばこのお金を欲しい方が3人いれば三人による競りがある。

欲しい方は相手の顔色を見ながら競り落とす価格を書く、

例えば30円の人もいれば5円の人もいるだろう。

30円で決まれば全員に30円支払って10,000円を借りる。

大変だったと思う。

言うまでもないがこの競り落とした人は後の10回分は借りられない。

もちろん全部支払ってしまえば別であるが。

こんなまでしてお金を工面していたのです。

でもなんでこんな事覚えているんだろう。


それが今では東京を基点にあっちこっちと動き

週末は実家に帰る。

40年前には考えも付かなかったことです。


考えてみればなんて贅沢なことでしょう。

突然のリストラで職を失う方々が多い中

なんて贅沢なんだろう。


給料水準の高い会社がリストラの嵐、

期間従業員等の人を切る。

でも本当に会社で働いてもらっている方々の事を考えたら

存続を考えたら、期間従業員を切るのではなく

社員の給料を下げることではないか

5万/月下げてもまだまだ高い水準ではないですか。

儲ける時は儲けて、従業員に還元してきたのではないか。


ごく一般的な会社は

これまでも幾度となくリストラ、社員の昇給停止

色んな事をしてきた。

知恵を絞って乗り切ろうとする。

あの手この手と危機を乗り切って行こうとしている。


我々中小企業は少々儲けても将来のためと我慢してきた。

それは出来る限り社員として従業員を雇い皆で我慢してきたのだ。

それが社員として雇わず一寸調子が悪ければ直ぐ切れるやり方は。


皆で乗り切るために少々多く給料を貰っている人は少なくし

リストラされてしまう方々に幾分かの手助けを。

そして今後は自分がどうすべきか考えて欲しい。

それを子供にも教えて欲しい。

自分だけが良いでは困る、犠牲もある、色々ある。

助け合いです。


今を生きるのではなく自分が死ぬまでの生活設計を考えて欲しい。