山口百恵が引退した1980年、ぽっかり空いた穴を埋めるように、松田聖子がデビューしました。


彼女は、歌謡曲からJPOPという、新しいジャンルを生んだアイドルでした。

正統派アイドルでありながら、曲だけで人々を魅了しました。

作品自体が、財津和夫、松任谷由美、大滝詠一、尾崎亜美などのアーティストから提供を受け、歌謡曲とは別路線を進みました。


デビュー曲


可愛い❤️

この頃が、一番声が伸びています。


この曲で、レコード大賞新人賞獲得。

涙を流さずに、泣いたため、

ぶりっ子と呼ばれ、お笑い芸人のネタにされました。


初のヒットチャート1位

ここから怒涛の26曲連続1位を獲得します。


初期の代表曲

財津和夫作曲


財津和夫作曲


大滝詠一作曲

この頃は、表現力もついてきました。


松任谷由美作曲

女の子の気持ちを切に歌う。

女性ファンも多かった


松任谷由美作曲

キーのメジャーコードでのベース音が半音ずつ下がって行く斬新なスタート。

B♭13という、珍しいコードも使用されます。


尾崎亜美作曲

松田聖子によく合います。


結婚してママドルになっても、路線を変えませんでした。


後期の曲で人気だが、なぜかシングルカットされていない。


この曲は、うちのお客さんがカラオケで、松田聖子より上手く歌ったので、印象的


後期の代表曲


神田正輝と結婚、出産、離婚、さらに娘の死という波瀾万丈の人生を送る。

正統派アイドル歌手、そして歌姫、アーティスト、

まさに日本のマドンナと言える。

超長期に渡り活躍したのは、多くの女性ファンに支えられていたのが大きい。