その愛くるしさで、多くのファンを魅了した桜田淳子


スター誕生の予選会から、会場の注目を一心に集めていました。



本人は謙遜していますが、予選会でスカウトは動き出すほど。


決戦大会では、すでに会場ではファンが、声をあげるほどになっていました。


上がったプラカードは、25社。



この曲でデビュー。


デビュー時は、山口百恵と似ていました。


当時、おいらは山口百恵のファンで、プロマイドを買いました。


でも、それは、

桜田淳子だった😅


それほど似ていたのです😊



この曲で、レコード大賞の

最優秀新人賞を獲得しました。



初めてのヒットチャート1位



代表曲



ミニスカートが眩しい



中島みゆきの歌で、新境地を開きました。


しかし、1978年になると、ニューミュージック全盛期となり、正統派アイドルはなかなかヒットチャートベスト10には入れなくなりました。


しかし、正統派アイドルとしては、6年間ベスト10に入り続けたのは、立派です。


できれば、中島みゆきの歌を続けて、イメチェンを図ってほしかった。


アイドルを卒業してからは、80年に

ミュージカル「アニーよ銃をとれ」が評価され、

芸術祭優秀賞を受賞。

その後、女優としての才能を開花させていきます。


元々、中学校で演劇部でしたから。


しかし、1992年の統一協会の、集団結婚式でバッシングに遭い、芸能生活は休止。


それでも、家庭はうまくいっていたようで、3人の子供たちと幸せな家庭を築いたようです。