ダイブマスターの体力テストをクリアしたおいらは、新たな難関。
学科テストに挑戦。
これは8科目あり、基準点をクリアしないといけない。
しかも、内容は難しかった。
これだけ勉強したのは、高校以来だった。
仕事が終わってから、1時間くらい職場で勉強するのである。
1か月くらい勉強して、チャレンジして合格した。
しかし、この経験が生きて、その後に仕事上で受けなくてはならない衛生管理者Ⅰ種も合格できた。
こちらのほうが難しかったが、勉強する習慣ができていたのと、衛生管理者資格の中身が一部、ダイブマスターの勉強内容とダブっていたのはラッキーだった。
そして、水中地図作製。
これは水中セクスタントを使用。
セクスタントを使用すれば、水中地図が作れる。
しかも、目的地に最短距離で行けるのだ。
これにはナビ好きのおいらははまった。
この頃は、魚よりもコンパスばかり見ていた。
しかし、砂地で目指しているポイントにピンポイントで行ける魅力には、勝てなかった。
潜水王さんたちが、まわり道をして行くようなポイントにも、セクスタントは最短距離で導いてくれるのだ。
これが役立つて、水中ガイドの試験では5点満点中4点を取ることができた。
しかも、この試験でネジリンボウを発見できた。
水中地図トレーニングの間に100本を達成していた。
しかし、初めてのセルフでナビをやった時は
とんでもない場所に浮上してしまったけどね。
宮古島で一緒に潜ったK内さんとも、一緒になった。
2002年はS家さん、そしてMレイコさんともよく潜った。
そして、ベテランのダブルHさんともよく潜った。
ダイブマスターはとにかくやることが多かった。
18種目の基本技術認定試験。これは基準点で合格。
機材交換は大変だったが、クリア。
お互いの機材を水中で交換するのである。
そしてインターンシップ。
自分がインストラクターの代わりに講習する(潜水王さんの指示による)
最後はレスキューの試験。
結局、ダイブマスターに合格するまで1年間かかった。
ダイブマスターは、自分への挑戦。
そして、水中で自由を手に入れるため
と思っていたが、
本当はダイブマスターはプロ資格の第一歩であることがわかった。
ダイブマスターになれば、職業として水中ガイドができる。
そこから、ランクアップしてインストラクターになり、ダイビングショップで働くことができるのである。
おいらは、そんなことはまったく知らなかったし、プロになることはまったく考えていなかった。
実際、プロのガイドなんて無理である。
この年は、37本潜り、通算129本になった。
この年はダイビングだけでなく、家庭サービスもきちんと行った。
子供は6歳と3歳になったが、よく遊びに連れて行った。
仕事は加世田店に異動して1年目だった。