14日の地震の後、熊本の友人の安否確認ができ、ほっとしたニコニコ2日後、まさかの本震。
日曜日はたまたま出勤日。地震の7時間後に勤務先のコンビニに行くと、パン、おにぎり、お弁当がまったくなく、入ってくる商品を待つ人でいっぱいだった。

私達の住むO市は1月に雪のせいで断水になり、今回の地震でライフラインにまったく支障はなかったのに、過敏になっているせいか、買い占めをはじめる人が沢山いて、何処の店舗にもパン、おにぎりがまったくなくなるという不思議な現象がおこった。

古い建物に住んでいる方は学校などに自主避難をしていて、でも食べ物の支給はなく、コンビニで三食購入しなければいけなかったらしいが、なぜ避難していない人まで??

入荷する度にその状況は続き、落ち着いたのは水曜日くらいから。

熊本市内は場所にもよるらしいが、震源から遠い北部地域は、すぐに水が出たが濁っていて、とても飲める状態ではないそうで、私が勤務するコンビニまで買い物に来られる方が何人もいて、帰り際に「ここにはこんなに売ってるんだ。」
そんな言葉を残して帰られて行くお客さまもいた。

熊本側の県境でコンビニを経営している友人も品物が全くないと嘆いていた。

仲の良かった友人が熊本に引っ越して、震源地に近い東区に住んでいる。
2度目の地震のあと物資を持って車で駆け付けるつもりで連絡したが、水も明日出るし、物資も避難所にあるからと言われ、断られてしまったショボーン
今思えば、まだ余震も強く、道路も寸断され、公用車優先と言われる状況で、私が同じ立場でも来ないように言ったと思う。

心配で心配で、なんとか食料品だけでも送れないだろうかと、運送会社に問合わせなんとか水曜に必要であろう物を送ることができた。食料品の他にも、トイレットペーパーにナプキンにウェットティッシュに…

遅れるかもと言われたが翌日友人の元に荷物は届いた。
「必要なものばかりだったよ。ありがとう。〇〇ちゃんの優しさに感謝と。」LINEが来た。
友人は看護師。
震災後も、独り暮らしの老人の家をまわり仕事を続けていたそうで、食べ物も水さえもない状態の所もあったし、この状況の中、亡くなられた方がいたとのこと。
弱音を吐かない友人のことを思うと切なくて涙が溢れた。

仕事の後、避難所に何時間も並ぶのは大変だったと思うしょぼん

はやく普通の生活ができますように。