3年目の2月から出向になります。

身障から
知的障害者更正施設への異動でした。

そして自家厨房から
委託給食への移行の話を聞かされるわけです。

丁度定年を迎える調理師さんが多く
切り替えるのに絶好のタイミングだったのです。

そこに所属していた栄養士さんは

「色々大変だと思うけど頑張ってね」

と言いました。

その栄養士さんは体調を崩し
ほとんど会うことはありませんでした。

今思えば、体調でなく
心が壊れていたのかもしれません。

引き継ぎをしてくれる者が不在

でも即席でも根性だけで乗り切った私は
ひとりででも
どうにかやってやると思っていました。

が、ひとりでなかったのです。

栄養士なのに医務課。

毎日毎日看護師チェックが入る日々。

こんなメニューじゃ食欲がなくなる

この具の組み合わせはなんなの?

食べない付け合わせなら付けるだけ無駄

彩りが悪い

毎日、毎食何か言われる日々。

その献立
あなたがチェックしたじゃない?

すでに2回直したじゃない?

言われた通りに変更したじゃない?

一度やんわり

「係長(看護師さん)に言われたように変更してみたのですが…」

と初めの頃に言ったことがありました。

顔がね、みるみる般若のようになるんです。

「あたしが言ったのは、そんなんじゃないわよむかっ

その後1週間シカトされました。

給食を見て
直接厨房へ怒鳴り込むようになり
委託と私との関係に溝が入りました。

看護師に謝り
委託に謝り
なんとかその場は乗り越えるも
気分でシカトされたり
怒鳴られたり
そんな4年目。

5年目に入った頃
栄養士なのに食べ物を受け付けられなくなります。

でも食べないのは不自然なので
無理やり食べてトイレで戻す日々が続きました。

自分は食べられないのに
献立を作成し
チェックをしてもらっても
毎日毎食ダメ出し。

でもおとなしく耐えることが
最善策と思い
ただただ
言われたことを忠実にこなすだけでした。

その頃、母が私の異変に気が付き

「仕事、大変なら辞めちゃいな。あんたにご飯食べさせてあげるくらい出来るから。」

と、ある日突然言われます。

そのたった一言で
私の食欲と気力が持ち直します。

5年目の冬
事務係長へ辞めたいと相談するも
看護係長の耳に入り

「あなたはまだまだなんだから、辞めさせないからね!!

と簡単に却下され
6年目に突入。

相変わらずの日々。

と思いきや、一度「辞める」と口にすると
腫れ物を触るかのような扱いに変わります。

ムチだけの日々から
アメとムチの6年目。

この年の6月
施設長から呼び出され
今後どうしたいか問われました。

私のように1名体制の職種は
退職の意向は1年前でないと認められませんでした。
私が辞めたいことを噂に聞いていたとのこと。

意志は変わらないことを告げます。

辞めることを承諾してくれました。

次年度を最後の年ということで。

7年目、こっそり
マニュアル作成の年。

看護師と上手く付き合うポイントも
隠しファイルに残して。

辞めることが正式になると
再び小さなシカトもありましたが
最後には
「強く当たってしまって辛かったわよね?ごめんなさい。」
と和解をすることが出来ました。



今となっては
貴重な経験。

でも、戻りたくない(笑)