
写真を撮ってから数日過ぎてしまった。文章で著すには思いが多すぎるからだ・・・。
この「三木家」というのは自分の母親の実家で板橋区常盤台に在る和菓子屋である。現在は従兄が三代目を継いでいる。
季節ごとの菓子メニューに加え初代から販売されている「たれ団子・お稲荷さん・お赤飯・干瓢の海苔巻」などの、お食事メニューも定番となっている。「たれ団子」に関しては『区民が選んだ板橋区のいっぴん』に認定されていてテレビ番組で紹介された事もある。以前従兄に「団子は、お菓子なのか御飯モノなのかと質問したことが有るが残念ながら回答を失念してしまった。自分ではお菓子なんじゃないかと思っている・・・。
祖父、祖母が居た幼少のころより実に頻繁に「三木家」に訪れた。母親の実家ではあるが「三木家」というテーマーパークに遊びに行く感覚であった。自分が少年期だった昭和40年~50年代の三木家は、とにかくたくさん人が集まっていたように思える。季節ごとのイベントでは親族一同が手伝いに来る。特に年末の『餅つき』は圧巻である。中学生の自分も駆り出されるほどの忙しさで、その時の親類縁者総数は子供も含め最大で20人くらい居たと思う。
また当時の三木家はテイクアウトの和菓子だけでなく店内での飲食できる席が設けられていて「あんみつ(蜜豆)、心太、夏はかき氷」に加え「ラーメン(冷やし中華)・焼きそば」まで提供していた。特にラーメンはちょっとした中華屋のラーメンよりずっと美味しく人気が有った。今は残念ながら食べることはできない・・・。
現在では富士見街道になっているがその昔はエスビー通りと呼ばれていて、エスビー食品の工場が在って、そこに勤務している人達がお昼ご飯を食べに来る。タニタの工場もありお昼の時間帯は店内が人でごった返していた。「ラーメンと海苔巻とお稲荷さん」が人気メニューだったと記憶している。おまけに瓶のコカコーラやファタ、瓶牛乳各種に加えアイスクリームまで販売していて、なんとバリーエーション豊かな和菓子屋なのだろうと今になって感心している。アイスクリームは棒アイス・カップアイス等の外売り商品の他にアイスディッシャーを使ってバニラアイスをコーンに乗せるアイスクーリムも人気が有った。午後の休憩時間帯にも甘味処として来客が多く地域の人気店であたっことは間違いないだろう。
したがって、祖父の勅令によりこの忙しい時間帯に子供たちは1階の製造場及び店内の出入りを厳しく禁止されていた。自分の母親が店番していた姿をうっすらと覚えている。
しかし、それ以外の時間帯は店内は子供達の憩いの場となっていて、祖父の「店のモノは、なんでも自由に食べて良い」と言う有りがたい許可があり和菓子天国であった・・・。アイスの新製品もいち早く味見することもできた。三木家で販売されている全ての和菓子メニューを制覇し、当時は子供の憧れであったコーラやファンタ・コーヒー牛乳なども好きなだけ飲めたことは人生の幸せだったことベストテンにランクインされるだろう。アメ横の菓子売りの啖呵ではないがオマケのオマケで帰宅する際にお土産まで貰って本当に良い時代だったなぁと思い出される・・・。
そう言ったこともあり自分の中では和菓子は買ってまで食べるモノではないと思っているので大人に成るにつれ和菓子を味わう機会がなくなってしまった。たまに気まぐれで買って食べてみても三木家の美味しさとは全く違うのでがっかりしてしまう。
三代目の従兄はいつも一緒に行動し良いことも悪いことも色々と教えてもらった。たまにしか逢わないがふたりの仲だけの特別な繋がりはまだ在ると思っている。近いうちにまた三木家に行こうとこの文章を打ち込みながらそう思った・・・。