今週で仕事が終わりになるのでいろいろなことを考える
仕事の内容も勤務地も一昔前なら思ってもみなかったことをやっている
こんな風に全然ちがう年代の人たちに関るなんて凄いことだな~って感じている

人と人とのつながり
人と人との縁の不思議さを改めて実感する

しかも俺が教育事業というものをやっていること自体
未だに信じられない

でもやってたんだな~

俺は果たして役に立てただろうか
貢献できたのか
伝えられたのか


生徒から手紙をもらった

感謝の気持ちが書いてあった

まあこれは俺が「書いてこい!宿題!」っていったからだけど
そこで素直に書いてきてくれることがまず嬉しいね

読んでても嬉しかった
「7つの習慣が役に立っているからよかった」

もう感動
そういう風にいってくれる生徒が一人でもいたなら
俺がこの仕事をやった価値があったって胸張っていえる

勉強も大事だけど7つの習慣の考え方が大事なんだって言って
飛び込んだ仕事だけど
俺の存在を通して未来に石を投げられたかなって思う

後はその波紋が少しでも広がってくれたらさらに嬉しい


もう1つ感動したのが
俺の生き方をみて頑張れば海外に行けることがわかってよかったって
まさにMy life is my messageじゃん!
こんな俺でも伝えられていたことがあったんだな

こんな俺でもそれなりに前向いて頑張ってやっていれば
人に貢献できることがある
人に伝えられることがある

でももっともっと成長して
もっともっと伝えていける存在になりたい

教育って面白い
仕事って面白い

ホント最近何をやっても面白い

世界一周へ行く前に
世界一周で欲しかったものがほとんど手に入っている
そんな気がしてる

早く帰ってきて思いっきり仕事したい
遥かに成長した自分で
もっともっと貢献したい

そして今よりもっと感謝を集められる人になりたい

想いあるところに価値は生まれる

なんか最近感じることです
2年間なんだかんだ想ってきた
成長し貢献する
それが今感謝という形で価値を確認できた

もっともっと頑張って
もっともっと成長して
もっともっと貢献して
もっともっと感謝される人生を送るぞ~!!
っしゃーー!!!
小学校の時はプロ野球選手になりたかった
中日ドラゴンズの選手になるものだと思っていた

素直に夢を見られた頃もあった
しかし現実が夢を見る気力さえ奪ってしまった

中学からは夢なし人生がスタートした
でもホントはやりたいことはあった

なりたいもの
やりたいこと
小さな夢は出来ては消えていった

高校進学のときホントは甲子園を目指してみたかった
でも寮に入って高校へ通うなんてできないと思った
甲子園を目指したらその時点で大学への道が閉ざされると思った

高校のときどんな大学へ行きたいのかわからなかった
学部を決めろといわれてもやりたいことなんてない
それよりも服飾関係の仕事がしたかった
でもいまさらそんなことできないって勝手に思った
留学したいとも思ったけど
帰国して一つ下の学年に入るなんて考えられないって線引きした

大学入ってもやりたい事なんてない
就活ではでっち上げたような志望動機でなんとなく内定も取れてた
自分をだますようにして第一希望を決めた
でもやりたいこととは違っていた
もう挑戦することすらしなくなっていた

そんな時親友がある本を貸してくれた
そこにはカネもコネもなにもない一般人が
思いっきりやりたいことを実現していった半生が描かれていた

それを見てどうこうしようとも思わなかったけど
ただただ純粋に
こんな生き方もあるんだな~って思った

でも多分その本のことは心のどこかに引っかかってたんだと思う

そして何ヶ月かたった後
引き寄せられるようにその本を購入した

衝撃を受けた
何でこいつはこんなに夢を実現しているんだ
何でこいつはこんなにやりたいことばっかやってんだ
何て前のめりなんだ

本の中に同じ出版社の本を紹介する冊子が入っていた
それをパラパラみているとさらに衝撃をうけた

「夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ!」

この言葉で俺の人生は変わった
夢は叶わないと思っていた
夢は見るものだと思っていた
叶わない夢だからと見ることさえしなくなっていた

いつのまにか自分が勝手に作った枠組みの中で生きていた
その枠から出ないように出ないようにと
自分を制限していた
そして
いつも夢から逃げている自分がいた


10年ぶりに夢を持った
「世界一周へ行きたい!」

純粋に世界一周へ行きたいという気持ちもあるけど
それよりも大きいのは
「世界一周」という自分の枠のはるか彼方にある夢に
自分の中では「やってみたいけどできないこと」になっていることに
挑戦したいと思った
逃げなきゃ夢は叶うってことを自分自身に証明したかった

もう逃げないと決めた

夢をかなえ続けていく人生を送ると決めた

そして俺と同じように夢から逃げていた人へ

逃げなきゃ夢は叶うって言いたい

こんな俺でもできたぞって伝えたい

あと1ヶ月

夢が叶う

夢は逃げない

よい行いをすることを徳を積むという

さらに人目につかないところでよい行いをすることを陰徳を積むという


以前父親が「陰徳を積め」という話をしていたのを覚えている

宗教上の行いという意味もあったけど

父親も母親も定期的に

朝4時くらいに起きて地域の清掃をしていた


そんな父親が言った一言だったからなんか響いたところがあったのだろう


こんな話もしてくれた


電車で座っていたらお年寄りが乗ってきた

席を譲ったとき「ありがとう」というのは

譲られたお年寄りの方ではなく自分の方だ、と


徳を積む機会を頂いてありがとう

と心の中で唱えなさいと言われた

決して「譲ってやった」なんて思ってはいけない

席を譲ったことに満足してもいけない


感謝をするんだ



いい話だな~と思った

確かに席を譲るのは勇気もいるし

自分が疲れていたりとかするとなかなか出来ないけど

やってみるとすごく気持ちがいい

そんな気分にさせてくれて「ありがとう」と相手に感謝できるようになれば

もっともっと気持ち良いだろうと思う



それとは全然違う話かもしれないが

今日感謝したい出来事があった


車が左折しようとしたとき

横断歩道を腰の曲がったお年寄りが歩いていた

その方は車が左折使用としていることに気付くと

曲がった腰をさらに曲げて

一生懸命早く渡ろうとしていた


歩行者の当然の権利なんだからそんなことしなくてもいい

運転手だって特に気にしていない

でも「待たせている」と想い気を遣ったんだろう


やや小走りで渡り終えた後

車は左折していった


その時

そのおばあちゃんは

斜め後ろを向きながら頭を下げて礼をしていた


運転手の目には入らないことなのに

そんなことしなくてもいいのに


俺は後ろに乗っていたからかろうじてそれが視界に入った

それを見たときなんともいえない感謝の気持ちがこみ上げてきた

温かい気持ちになって頬がゆるんでしまった


いろんな考えが頭に浮かんだ


左折で渋滞しているようなところでも

当然といわんばかりに堂々と歩いている若者もいるし

いくら信号が青といっても車が注意しろと言っているかのように

猛スピードで飛び出してくるママチャリおばちゃんもいる


さらに・・・(ここからは完全に妄想が暴走したんだが)

戦争を経験し

あんな悲惨な状況から今の日本の復興に貢献してきた

本来敬われるべき老人が

何不自由なく育ってのうのうと暮らしているものに頭を下げるなんて!


そう思うと感謝 感謝の気持ちしか出てこない

道端でこんな素敵な気持ちにさせてくれたあのおばあちゃんに感謝!


こういう行動が人に影響を与えていくんだなって思った

何気ない行動だろうと見ている人がいる

そのおばあちゃんは俺がこんな風に思っているなんて知らないだろうけど

プラスの影響を与えてくれた

さらに気分が良かった俺が生徒になにかしら良い影響を与えられたかもしれない


都心に住んで居る人は一日に1万人以上の人に影響を与えていると聞いたことがある


そう考えると父親が言っていた「陰徳」の意味の大きさが少しずつ分かってくる


うーん

人生は深い


俺なんかよい行いをするとすぐ人に言いたくなるもんな~

すこしずつ改めていこう