昔から努力することをあまり苦と思わなかった
努力するのは普通だろうと思った
努力する、継続するっていうのも
実はそんな大変なことじゃなくて
一日一日に切り分けると絶対できるサイズになるし
あとは自分で決めたことだからそれを守ればいいだけ
ケッコー簡単
そんな努力マン、俺の、俺流努力論
1.本当の努力とは人がやっていないときにやることをいう
勉強の話だと分かりやすいけど、テスト前にはみんな頑張るからそんなの努力じゃない
1ヶ月前からテスト勉強開始するとか、テスト直後に勉強するとか
働いてからでいったら、早朝に本を読むとか
金曜日の夜に勉強するとか
土日に勉強するとか
人がなかなかできないところでやることこそ本物の努力
それができれば一気に差が縮まる、差を広げられる
みんなが努力しているときにやっても差はつかないからな
2.そこまでやるかってくらいやる
ここについてはあんま偉そうなことはいえないけど
でも重要なポイント
好きじゃなきゃそこまでできないよな
っていう領域に好きじゃなくても踏み込む
例えば二毛作、三毛作
電車では本を読みながら音楽の代わりに英語のテープを聴く
さらに英語のテープを2倍速で聴くようにする
BGMで常に自己啓発CDを流す
これを続ける
たまには音楽聴きたくなるけど
そこで音楽聴いたら普通の人
逆に音楽聴きたいな~って思ったらチャンスなんだよね
自分が思うってことは、もしヨーイドンで同じことを始めた人たちがいたら
その人たちも思う頃ってこと
だからここで踏ん張れば「そこまでやるか」に入れる
3.陰でやる
よく「人に宣言すると引けなくなるからよい」
という話を聞くけど俺は反対
「引けなくなる」ってことは「やらされる」可能性があるってことだとおもう
「やる」努力は快感だけど「やらされる」努力は地獄だね
陰でやるってことは
止めようと思えばいつでも止められるってこと
結局は自分との戦いだから
そのモチベーションを人に預けちゃだめだね
陰でやるってことは
好きだからやるってこと
もしくは脳がそうやって勘違いしてくれると思う
だってたまには辛いときがあって
止めてもいいのに
でも止めない
なんかおかしいぞってなって
「そっか、俺これが好きなんだな」って勘違いしてくれた
超ラッキー
あとは自動操縦になるからね
好きでやっている、っていうのは一番自然体でいいよね
人に言うと評価が入ってくる
「その程度なの」とかいわれたらやる気なくすし
逆に褒められたりすると気分がいいけど
気分がいいだけに危険
だってそれ以降は好きだからやるじゃなくて
褒められたいからやるになっちゃう
そしたらそれは努力ではない
この3つが俺流努力論かな
俺の中では努力 イコール 快感
という素晴らしいプログラムが入っているので
これからもコツコツ積み上げていこう
この3つで俺が今出来ていないこともあるし
自分にも言い聞かせます