人生は選択
朝起きてから夜寝るまで選択の連続
自分の行動、解釈すべてを選択している
自分の身の回りにおきること全ては選択できない
しかしどんな状況であろうと、どういう行動、解釈を選択するのかは自分が決められる
また自分の人生をどういうものにしたいのかも自分で決めていく
親に決められてしまった
そんなのはありえない
それは親が決めた選択を受け入れる選択をした
その時点で自分の選択である
つまり人生は選択
道を選ぶということは
いくつかある選択肢からひとつを選ぶということ
俺はこれを勘違いしていた
まず「選ぶ」ということと「選択肢を増やす」ということはまったく別のことであるということ
そして選択肢のどれかに正解があるという誤解
俺も含めて多くの人「選ぶ」ことよりも「選択肢を増やす」ことに力を入れてしまっている気がする
高卒よりも大卒のほうが仕事の幅が広がるから大学受験をする
大学よりも大学院のほうが
英語をしゃべれたほうが
資格があったほうが
田舎より都会のほうが
こういう仕事につければ転職で有利だとか
選択肢を増やすことは悪いことではない
むしろ望ましいことだと思う
選択肢は大いに越したことはない
しかし本当に重要なのは選択肢が多かろうと少なかろうとその中から「選ぶ」ということ
なんとなく幅が広がるからといろいろなことに手を出しても
「選ぶ」ということが無ければ人生は白紙のまま
選択肢が100個あろうと、自分が選びたい選択肢がなければどうにもならない
選択肢が1個しかなくても本当に選びたい道だったらそれで十分だろう
教育に関してもそう
選択を増やす教育はなされるが
本当に大切なものを選択する教育はなされない
おれ自身選択肢を広げるための人生を歩んできた
実際に選択肢が広がってきたけど
今思えば
「それがどうした」
という程度のものでしかない
人は必ず自分の人生で選択を迫られる時がくる
その時に「いくつ選択肢をもっているか」ではなく「本当にあゆみたい道を選ぶ」
ということが選択である
もう1つ
選択肢の中に正解があるという誤解
これは衝撃だった
まさしく勘違いをしていた
世の中でうまく言っている人はその時その時の「正解」を選んできた人だと思っていた
しかしそれはまったく違う
おそらく幼いころからの教育で正しい答えを選ぶということされてきたのが原因じゃないかと思う
実はどこにも答えなんてなかった
「正しいものを選ぶのではなく、選んだものを正しくする」
それが答えだった
「選んだものを正しくする」という姿勢こそ選択なのである
その覚悟・責任をともなって初めて選択をいえる
選んだものが正しくなるようにすれば、その人はずっと正解を選んできたかのようにみえる
ここがポイントだった
そう思うようになってから後悔がなくなった
あの時ああしていたら
あの時あっちの道にいっていたら
それは自分が選んだ選択を正しくできていないということ
だから正しくするためになにかをしなくてはならない
そう考えられるようになった
人生は選択だ
そして選択とは「覚悟」を決めること、「決断」すること、「責任」を持ち続けること
そのことをいう