コートシャルマン繁殖へ。 | あきちゃんの一口馬主伝説

あきちゃんの一口馬主伝説

一口馬主の個人的な記録を書いてます。

【入会クラブ】
 社台RH
 ユニオンOC
 インゼルTC

【地方共有】
 ハッピーオーナーズクラブ
 UMAUMAレーシング

その他、適当に欠きます(笑

コートシャルマンの引退が3/5に決定した。
そして、今日、一口馬主初の引退を伝える郵便が届いた。簡単な思い出レポートと共に。


前走が決まった時点で、引退レースとのレポートもあったので勝つか権利が取れなければ引退だと思ってた。
覚悟は出来ていたけど、やっぱり寂しいな。

初めて一口馬主として出資した馬。
これまで経験したことのない喜びや悔しさ、そして自分の力が全く及ばないことのもどかしさと面白さなどたくさんのことを経験させてくれた。
正直、手放しで満足できる3年半のファンドだったかと言うと、そうではない。まぁ、文句は最後のほうで書くことにしよう。


初めは2012年の出資馬申し込みに参加して抽選で出資が叶わなかったことから、2013年はなんとしてでも出資したいという想いで馬選びをした。
「出資できること」と「活躍すること」を目的にしたが「実績がない」ということでとても難しいものだった。

まず、「活躍すること」という観点である程度絞り込んだ。まぁ、一口初心者が活躍できる馬をカタログとDVD程度でわかるはずもないんやけどね。笑
初心者ながら、活躍する可能性を値段でラインを引いてみた。これまで多くの馬を清算し、活躍馬を排出しているクラブが値段を決めていることから、当然、高額馬は活躍する可能性が高いと考えた。もちろん、高額馬だからといって走るとは限らないことは、これまでの競馬人生でも十分知っているが、2000万円の馬より4000万円と値付けされた馬の方が、プロが活躍する可能性が高いと踏んでいるはずだから可能性が高いと思ってもいいんじゃないか、という判断をした。

そこで、一口100万円以上というラインを設定した。しかし、社台サンデーというクラブは80万円~150万円くらいの中価格滞がとても人気があり、なかなか第1次募集で出資が確定しない。
だから、絞り込んだ候補馬の票読みやブログなどで情報をかき集めた。

その中で、まだ大きな活躍をしていなかったハーツクライ産駒、入厩予定が松永厩舎ということで人気がなかったコートアウトの2012にたどり着いた。
ハーツクライ産駒は血統も良く、産駒写真もいい雰囲気だと思ってた。やはりみんなディープインパクト産駒などに興味があり、この時点ではハーツクライ産駒は意外と盲点だったのか、票もあまり伸びていなかった。
それに加えて、一口馬主の方々の中で松永厩舎はいわゆる「NG厩舎」だということもあって、高額馬の中でもコートアウトの2012は不人気だった。
でも、一口初心者にとっては、馬の素質があれば関係ないと思って出資申し込みをした。(これについては、後で結果を記載する)

これらの経緯を経て、第1次募集で見事1本釣が成功し、コートアウトの2012への出資が確定した。
晴れて、一口馬主デビューとなった。
それからは、暇さえあればコートアウトの2012のことを調べたり、月一回のレポートに一喜一憂しながらデビューの日を待ち望んだ。
2014年3月7日に「コートシャルマン」という馬名が決定する。もちろん、命名の応募はしたが採用されなかった。。。。。
当時は、え~って思ったけど、今となっては良い名前だったと思う。

デビュー前には、グリーンウッドへも会いに行った。
とても綺麗でかわいい馬。
家族と共に行ったけど、子どもたちも嬉しそうにしてて、コートシャルマンも子どもたちに興味深々だったのを覚えている。

そして、2014年7月6日(日)中京競馬場で行われる第6レースメイクデビューへでのデビューが決定する。
一口馬主としてのデビューということもあって、家族友人を引き連れて名古屋まで応援に駆けつけた。

レース前の新聞などの評価はとても良くてこれは人気するだろうなと思ってたら、前日の時点で1番人気。
このときに期待感と不安が入り混じり、興奮してなかなか寝付けなかったことを思い出す。

最終オッズは、1.4倍の1番人気。
もう、気が気でない。

単純に馬券を買うという立場ならなんとも思わないけど、出資者の立場からすると信じられなくて、不安にもなる。
レースについての詳細は割愛するが、ゴール前でコートシャルマンが強襲してきたときは、目の前で何が起こっているのか、差したのかさえ全くわからなかった。わからなかったというか、覚えてないというのが正直なところ。
周りの音が自分のそばから離れていくような間隔にとらわれ、ゴール前の映像がぼやけた感じで、古びれた無音のフィルムを見ているような、そんな数秒間だった。
ゴール板を駆け抜けた後、我に返り、周りにいた友人に「差したか?届いたか??」と声を荒げた。
「勝ったぞ!」と友人が興奮気味に言う。

勝った?勝った!!!
もうそこからは記憶がない。

これまでに味わったことのない興奮と表現のしようがない喜び。自分の範疇外の出来事にこんなにも興奮できるか、こんなに喜べるのか、と舞い上がっていた自分を今思い出している。


その後、10月12日(日)に京都競馬場で行われるりんどう賞に出走することになる。
この日も、地元京都ということで、家族友人を誘い、応援に駆けつけた。

デビュー戦の勝ちっぷりからこのレースも2.8倍の1番人気に支持される。
もちろん、不安たっぷりだ。

このレースで覚えているのは、最終コーナーで後方にいて、「あぁ、やっぱりそんなに甘くないな」と思った。
しかし、いい意味でその思いは裏切られる。
そう、新馬線のように一気に伸びて先頭に立とうかという勢いで、ゴール前でグッとクビが前に出たところでゴール板を通過した。

デビュー戦よりは記憶がある。
「勝ったやろ!!!」
今度は、友人にそう叫んだ。

何度も何度もこぶしを握り締めた。
芸人のバイキングの小峠ではないが、「なんて日だ!!」と叫びたい気分だった。
このときの口取りで俳優の宮川一郎太さんと初めてお会いし、握手をさせていただいた。
「いつも見てます。」と言おうとした瞬間に逆に「いつも見てますよ。」とおっしゃって頂いたことをはっきりと覚えている。
デビュー前からずっとネットケイバの掲示板に書き込みしていたのを見ていただいていたようで、なんかすごく嬉しかった。


りんどう賞を勝った後は、阪神JF(GⅠ)への出走が決まり、新馬戦とりんどう賞の勝ちっぷりからスポーツ新聞のクラシック番付でも牝馬の横綱にも選ばれるほどで、完全に有頂天だった。

だからこそ、このブログも生意気ながら「一口馬主伝説」とした。


そして、2014年12月14日(日)阪神競馬場で行われる2歳牝馬のGⅠ阪神JFの日を迎えることになる。
当日の人気は差のない3番人気。
もちろん、口取りをする気満々で、すでに勝った気分で阪神競馬場へ行ったことを強烈に記憶している。
何度も何度も口取りの集合場所を確認し、どのルートでゴール板前から行こうか、など、念入りに下調べまでしていた。

そう、この後一度も行くことのなかった口取りの集合場所を念入りに調べていた。

2連勝している福永騎手から川田騎手への乗り代わりもプラスととらえてた。
レースでは、これまで後方からのレースだったが、スタートがよく先行集団に取り付いてのレース運びとなる。これも、個人的には理想の展開で、最終コーナーを回るまで勝利を確信していた。

しかし、世の中というものはそんなに甘くはないことを知らされる。
直線に向くと、次々に後続馬に交わされ、全く抵抗できないまま10着に敗れてしまう。

ゴール板前でスーツを着込んで勝った気で意気揚々と阪神競馬場に乗り込んできた有頂天野郎は、声も何も出ず、その場からも動けずショウナンアデラの表彰式を呆然と羨むように眺めていた。

それまで、色鮮やかに見えていた阪神競馬場が、日が沈むのも手伝ってかどんどん色あせていくような、自分だけ取り残されているような、そんな気分だった。


正直、初めての出資馬でいきなりGⅠを勝つなんて、そりゃ、中にはそんな人もいるだろうけど、そんなに甘くはない。
でも、それをやってしまいそうな雰囲気が当時のコートシャルマンにはあったのだ。
新馬戦、りんどう賞を連勝した福永騎手も「まだ素質だけで走っている」とコメントしていたように、素質はある馬だったと今でも思っている。



その後、休養を挟むかと思ったが、年明けのフェアリーSへの出走が決まる。
阪神JFで10着とはいえ、勝ち馬と1.0秒差ということもあり、当然巻き返せるという判断だっただろう。もちろん、そのときは同じ気持ちだった。
そして、鞍上にはC.デムーロ騎手を向かえ、クラシックに向けて磐石の態勢だった。当然、中山競馬場まで応援に駆けつけた。

レースでは、内枠ということもあり、再び好位での競馬。今回は、直線でもしっかり走っている、いける、いける!!頑張れ!!と声が出る。
結果は、勝ち馬から0.2秒遅れて4着でゴールした。

2着馬から約1馬身。後1馬身前にいれたら桜花賞への出走も叶ったかもしれない。たらればの話をしてしまうほど、悔しかった。
その後、岩田騎手へ乗り替わりフィリーズズレビューに出走するも惨敗し、クラシックへの夢は破れ、休養することになる。

今思えば、フェアリーSまでが輝かしい戦績だったといえるのかもしれない。
その後は、条件戦でも惨敗を繰り返し、たまに2着に好走するもオープンクラスまで戻ることはできず、引退レースを迎えることとなってしまった。


コートシャルマンは本当によく頑張ってくれた。色々とネットでは、コートシャルマンを揶揄する内容もよく見かけるが、個人的には十分頑張ってくれたと思う。
デビュー当初のインパクトが強すぎたお陰で、その後のギャップで印象を悪くしているだけだ。
そもそも、前述したように素質はあったはずだ。あったはずだと素人が言っても結果が結果なので何の説得力もないけど。

唯一つ、不満があるとすれば、松永厩舎。
この厩舎は、毎年個人、クラブ問わずに良血馬、期待馬が預託されている。だから、全ての馬に対して目が行き届かないのかもしれないが、何も知らない素人として言わせてもらうと、何も考えずにレース回顧からの戦略も考えず、レース選択への配慮もなく、馬の仕上は外厩任せ。成績が悪くなると現地にも行かず、出しっぱなし。
確かに、この厩舎でも活躍馬は多い。ラニやアウォーディー、ピオネロやシャルール、そして今をときめくラッキーライラックがいる。
でも、よく考えると前幸さんとこやノーザンファーム系ばかりで外厩でしっかり仕上ることのできる馬ばかりのような気がする。
偏見かもしれないが、そういう風に見てしまう。

ただ、活躍馬とそうでない馬の差が大きいのがこの厩舎の特徴ではないかと思う。もし、そうであれば、その差は外厩のレベルではないかと邪推してしまうのも仕方がないと思ってもらいたい。
コートシャルマンに限って言うと、外厩で仕上ているにもかかわらず、最終追いきりで坂路でバンバン走らせてレースに出していた。コートシャルマンは、坂路でのスピードは相当なもので、やればやるだけ時計も出てた。だから、追えば好時計で、調教師としては気持ちよかったかもしれない。(これも邪推。笑)
素人なので何とも言えないけど、牝馬はソフトに仕上げるというのを聞いたこともあるので、追いきりについてはいつも疑問だった。

後は、この厩舎の騎手の起用についても思うところはある。
阪神JFのレース直前に福永騎手から川田騎手への乗り替わりがあったが、先約主義と言われている福永騎手への疑念もあるものの、それを貫き通させなかった厩舎力にも不満があった。後は、運河なかったのかもしれないが、最後のチャンスとしてフィリーズレビューはC.ルメール騎手を予定していたが、調整ルームへの携帯持込みで机上停止。岩田騎手に乗り変わったが、これも良かったのかどうか。

その後は、トップクラスの騎手は起用されず、親交のある武豊騎手にいつか乗ってもらえないかと期待したが、騎乗してもらうことはなかった。
レース選択にしても、短距離という固定概念に縛られマイル以上を走らせることもなく(ダートはあったが)、同じ失敗の繰り返しを続けるだけで、個人的に持っていた可能性は、最後まで答えを見ることが出来なかった。

引退レースを迎えて、はっきりしたのは、出資馬を選ぶ際に素質さえあれば大丈夫という素人考えが大きな間違いで、やはり厩舎というのは競走馬の活躍に大きく影響するものだということ。そして、松永厩舎は確かに「NG厩舎」だったのだ。 もちろん、他の厩舎もろくに知らないペーペーの一口馬主なので、もしかすると厩舎ってのはそんなものかもしれないけど、個人的に、今後松永厩舎を予定している馬への出資は有りえない。 まぁでも、こんなに文句ばかり書いているけど、デビュー2連勝をし、GⅠにも手が届きそうなところまでいけたことについては松永調教師にも感謝している。また、厩舎スタッフやクラブ関係者、同出資者、応援してくれたファンの方々にも本当に感謝している。 生涯一度きりの一口馬主デビュー戦を勝利で飾ってもらい、さらに連勝するという幸運を与えてもらった。こんなプライスレスな経験をさせてくれたコートシャルマンには、感謝しかない。 初めた頃は長く感じたファンド期間だけど、今思えばあっという間だった。 初出資馬でGⅠを勝ってたら、こんなものかと興味が薄れていたかもしれない。(そんなことはないと思うが。笑) だから、コートシャルマンは、次に夢をつなげてくれたのかもしれない。 今後、繁殖に上がり、うまくいけば初仔は2021年度の募集になるのかな。(今年は種付けしないと思うけど、どうなのかな?) そうなるとデビューは2020年、オリンピックイヤー。 社台サンデーは母馬優先という制度はないけど、募集されれば出資を申し込みたいな。。。。。。松永厩舎でなければ!!笑
約3年半の間、コートシャルマンと共に見た夢や味わった感動、悔しさ全てが今となってはとても良い思いでとなっている。もう、レース回顧したり、レポートに対してあーだこーだ言ったりできないのは寂しいけど、北海道に帰って、ゆっくり休んでね。そして、立派なお母さんになって、またターフを賑わせてよ。


コートシャルマンと掴みかけて、こぼれ落ちた夢の続きは、今後産まれてくる仔と一緒に掴めることを信じて未来に預けておくから。

本当にお疲れ様。
本当にありがとう。