歴史02
2004年の8月につくしクラブを旗揚げしました。1500世帯に案内状は送りましたが、登録は300世帯くらいと予想し、クラブ登録者全員にインフルワクチンをして、残った枠で一般公募と考えていました。ところが、蓋を開けると、お盆明けから8月末までの間に1000世帯以上の申込が殺到して、受診で来られる方より登録に来られる方で窓口がごった返すという有様でした。スタッフも登録作業に追われ、夜遅くまで残業が続きました。
上述のように、つくしクラブ登録された方は全員接種しようと、すべての枠をインフルエンザワクチンに投入し ました。日曜は全部、土曜の夜もインフルエンザワクチンに充てました。結果的に10月から年末まで、診察を含め休みなしのぶっ通しになってしまいました。総接種数は4,000名弱、そんだけやっても、結局、登録された方全部を接種することは出来ませんでした。お断りをせざるを得なかった方々からはお叱りを受けました。他院に回っていただいた方には、メンバー間の不公平を配慮して、差額をつくしで負担することもしました。そんなことをしてたので、期間中の2ヶ月は心臓が止まってしまって、過労死ってのはこんなんかなと臨死体験手前まで経験する程働いたのに、丸赤字でした。
たぶん一施設でこれだけ接種する病院は全国にはそうないでしょうし、医師一人の接種総数としては間違いなく全国トップクラスでした。今思い出しただけでも、吐き気がするくらい、悲惨な年でした。