誰もが才能を持っているけど
誰もが才能を活かせるわけではない。
その大きな理由は
今日のインスタに投稿した通りなのだけど
結局「今まで」「これまで」の自分に
とらわれすぎてしまうんだよね。
今までこうだったからできるわけない。
これまでの自分はこうだから、そんなはずはない。
みたいな。
自分への疑い。
私も同じ道を辿っているので分かります。
変わりたいと言いながら
もっと自分を活かしたいとも言いながら
結局、何かと理由をつけて先延ばしして
やらない理由を正当化して
だけどなんだかモヤモヤして
自分を活かして輝いている人を見て嫉妬して
でも、自分にはやらない言い訳を正当化している。
もしくは、やってるつもり、やってるふり。
やらない人の思考回路は
大体がこのループを繰り返してる。
才能は最初
大体が種の状態です。
しかも自分のどこに
どんな種が埋まっているのかさえ
わからない。
ただ私がこれまで
数々の方々とセッションをさせて頂いて
強く感じていることは
意外にも
自分が得意だと思っていたことより
実は、一番苦手、もしくは
できない、縁がないと思っていたことが
光る才能の種だったりする。
私は自分のことを
人見知りで、人と関わることは苦手で面倒だと
ずっと思っていた。
でも振り返ると
苦手と思っていた「人と関わる仕事」で
これまで成果を上げ続けていたんだよね。
水商売も然り
講師業も然り
セッション業も。
水商売を始めたのは
生活のためのお金を稼ぐことだったから
当時は、好きな仕事を選ぶことよりも
生きてくためのお金を稼ぐことが
圧倒的な優先上位だった。
でも結果
そこで花開いた。
「人」と関わるという才能が。
そして
お酒の力も借りながらではあるけれど
「人」という生命体に興味が湧いた。
自分を商品にしてお金を稼ぐことも
その世界で学んだ。
✴︎
今思うのは
あの時、水商売を誘ってくれた
友達がいなければ
今の私はいなかったかもしれない。
そしてあのとき
「水商売は、絶対に嫌だ。」
「私は全うに働くんだ!
(今思えば、真っ当ってなんだという話ですが。
水商売も十分真っ当な仕事です。)
という、私のいらない正義とプライドを
優先させていたら
あの世界で見れた、体験できた
私にとって財産とも言える
全ての経験をすることはできなかった。
才能は、ただ待っていても
一向に開かれない。
人によっては、生涯を終えるまで
自分の才能を開かずに
知らずに終えてしまう人も
いるかもしれない。
才能の種は誰にでも埋まってると
知っていてほしい。
その種を見つけるためには
人生を棚卸することが必要。
なぜならば
これまでの人生経験に
全ての答えが詰まっているから。
そして
インスタでも書いたように
「これまでとは違った選択」をしていくことです。
これまでの経過で答えが見つからないなら
これから先も、同じ選択を続けていたら
一生答えは見つからない。
才能は特に
自分では気づかないところに
あることがほとんどだから。
それを人が魅せてくれる。
環境が育ててくれる。
そして
チャンスが芽を出すきっかけとなり
挑戦が、花開かせる大きな行動となる。
だから
チャンスも先送り
挑戦もしないのに
待っているだけで
才能が開かれるなんてことはない。
それを
「自分には才能がない」
と片付けるなんて
自分に対しての怠惰でしかない。
と私は思ってる。
厳しいかもしれないけども
才能で生きる人はいつだって
覚悟と勇気が試されるんだよ。
安定とは真逆の世界でね。
生きる覚悟をしているのですよ。
自分を諦めるのではなく
自分を明らかにしていこう。
いつだって未来は
可能性しかない。
TAKAKO


