これまでを振り返る 6 2008年 夢の実現 | 曽我武史 Official Blog

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持っている力を最大限引き出せるように。。。

からだの状態をコントロール(治療)すれば

驚くほど、ugokiが変わります。

動きが変われば、世界が変わります。

やりたいことが続けられるように身体と向き合っていきましょう。

2008年


トレーナーとしていつか実現したいと思い続けてきた夢のオリンピックが目の前にきていました。


日本代表チームに関わるようになってからこれまで10年間夢を追い続けてきました。


志してからだと約20年


このオリンピックという舞台でトレーナーとして活動したいと想い続けてきた世界がもう目の前でした。


本番のオリンピックは8月ですが、5月に一度北京オリンピックと同じ会場で大会が我々に日本代表チームは視察御を兼ねて参加してきました。通常はこう云った大会はない(もしくは参加しない)と思います。


我々は、ここで記録を狙うとかではなく、あくまでも現地の雰囲気を掴むというコンセプトで現地に行きました。我々メディカルスタッフは、現地調査も兼ねていました。


本会場は、全く同じ鳥の巣スタジアム。

ウォーミングアップ場もすぐ横に設置されているサブトラックでした。


しかし、何が違うかと云えば会場を覆うセキュリティーフェンスやまだ完成していない施設くらいだったと想います。この時は、ここから本番までどう変わるのか?ちょっと不安になるくらいの状況でした。


さて、大会自体は中国国内での選考試合になっており、そこに海外枠のような感じで日本選手や他の数カ国のアジア系の選手が参加している様子でした。


この時の代表チームの構成は、オリンピック本番で代表に選ばれる可能性がある選手らです。日本チームの最終選考会は6月の日本選手権ですので、この大会に参加して中国に来ていたとしても本場に来れるとは限らないという状況での参加でした。ですので選手の半分くらいはもう一度この地に足を踏み入れたいという想いがあったと想います。


そして、我々スタッフ陣は、事前に状況が確認できると云うことは他ではない事なので環境調査(空気、粉塵。水、会場、サブトラック、メイン競技場までの誘導路などさまざま部分をチェックしてきました)この時なかったのは、メイン競技場にある聖火台でした(笑)それ以外の会場役員やスタッフは、本番とほぼ同じような感じでした。


きっとこの大会が、本番前の最終予行練習を兼ねていたんでしょうね。競技役員や補助役員など関係者がしっかりそろっていました。


そして、この大会は大きなトラブルもなく終わり本場に向けての事前調査をもとに準備をしていきました。以前から問題となっている粉塵の多さや空が青空ではないなど中国ならではに雰囲気を再度確認できただけでも収穫のある大会でした。

その後、6月に日本選手権が行われ日本代表選手団が決定しました。

私は、トレーナーとして為末選手のバーソナルトレーナーとして日本選手権(神奈川:等々力)にいました。色んな意味でも、波乱のあった日本選手権でしたが、無事に為末選手は優勝し、その場で代表出場の内定が決まりました。その時に模様は下記をご覧ください。


http://www.youtube.com/watch?v=aP8GVc52QqA

この試合までを振り返れる動画


今回の北京オリンピックは、自分の個人的な夢だけでなく、私がサポートする為末選手の夢の実現もかかっていました。


それは、オリンピックでメダルを取るという目標


私の夢と共に選手の夢を実現すること


もちろん選手は、日本代表選手全てが悔いのないように本領発揮して大舞台で競技をしてくれることなのは言うまでもありませんが…


そして私は、このことを胸に秘めて毎日準備をして過ごしていきました。


常に私が選手サポートしていて意識している事があります。


それは・・・


自分の仕事をわきまえることです。

走る(競技をする)のは選手であること。

当たり前のことですがトレーナーではないです。


私の仕事はスタートラインにしっかり立てる状態にするとこまでです。


これが選手に関わるトレーナーの最重要項目である。と、

そう思っています。


現地まで我々ができること。それは、きっとごくわずかことだと思います。


練習で追い込むのは、選手です。


しかし追い込んだ身体を元のイイ状態に戻し次の練習や試合に立ち向かえるようにするのは我々の使命のひとつだと思っています。。

時にはケガというアクシデントも起きます。


起きたものは仕方がありません。


コレには、最善最速の方法で原因を追究し回復に手間暇かけます。


どんな時でも競技をするのは選手だと私はおもうようにしています。


間違ってもトレーナーが勝たせる訳ではない。


ですから、最後送り出すところまでで私の仕事は終わります。


あとは、選手自身がやるべき事だと割り切っているところがあります。


自分の仕事と選手の仕事は同じではありません。


目標や願い、想いや夢は共有できますが実感(体感)できるのは選手だけです。


やはりあの舞台で走り、歓声を浴びれるのはトレーナーではないんです。


北京オリンピックの代表選手が決まってからは、代表選手だけで合宿を行います。

ここは常に緊張感とリラックス感が入り混じる独特の雰囲気の中行われ、調整合宿と直前合宿で選手の微調整を手と肌で感じ取っていきます。


ここまで来ると理屈ではない部分の感覚とあうんの呼吸のような信頼関係が必要となってきます。


これまで幾度となく触ってきた選手の身体も徐々に戦闘モードに切り替わってきます。

この戦闘モードに入ってきたときにどう感じとってどう変えていくのかも我々の醍醐味でもあります。

ものすごく敏感な選手たちは非常に繊細な感覚でからだの様子を伝えてきます。

全て応えられているかは、判りませんが最善を尽くすようにしていました。

本当の意味での戦闘モード(からだの仕上がり)は現地に入ってからで十分です。


こういった時の感覚は、これまでの経験が生かされるんだなと思います。


初代表に入った選手は、まだ行ったことのない雰囲気に胸が踊ります。

この辺はさすがベテラン選手達がいる代表チームです。いろんな場面で若手にアドバイスしたり、いじられたり(笑)突っ込みを入れられることでなごんでいきます。これは、誰かがそう仕向けているわけではありません。


こういったことが日々積み重ねが行かれて初めてチームワークができていくもんだなといつも思っていました。陸上競技は個人競技ですが、リレーはチームワークが重要です。この時のリレーメンバーは、数名の入れ替わりはあっても2000年から作り上げてきたメンバーがいました。


そして、合宿が終わり、次は本番直前に集まってそのまま現地入りです。


ここまで来ると選手とトレーナーの間は、良い意味で一体感が生まれています。


北京オリンピックの陸上競技のトレーナーは私を含めて2名(女性トレーナー1名と私)で46名の選手をカバーします。この時の相方(女性)トレーナーは、これまで3年間共にナショナルチームを共にサポートしてきたトレーナーです。業務の連携だけでなくお互い人として信頼できる関係にあるトレーナーですので現地でも不安は全くありませんでした。それくらいいろんな事を話合ってお互いの考えや行動を理解できるように良い関係を作り上げていきました。これらはすべて現地でお互いが信頼できる関係で活動できるようにするためです。

ちなみに村外対応のトレーナー派遣は今回は、ありませんでした。理由は、会場に入る為のADカードが全く所得できなかったからです。


オリンピックの場合、世界選手権以上にセキュリティーがものすごく厳しくなります。

簡単に云えば、必要な関係者以外は中に入ることができなくなります。関係者と思っているのは各チームそれぞれ云い分はあると想いますが、現実的には参加選手の何%が役員枠となっています、云わば入場制限的ながあります。


そして、現地ではいろんな事がありますがこれはまた機会があれば振り返りながら書いていきます。
とまぁ~現地に行くまでにもいろんな準備をして本番を迎えます。


そして、それぞれの選手が憧れの舞台で全力で競技に挑んでいきます。

我々トレーナーは、選手と一緒にひとつひとつクリアできるようにサポートしていくだけです。


予選をクリアして次のランドに進めるもの。

予選をクリアできずオリンピックが終わるもの。

世界の高い壁に挑む選手達。


私はトレーナーとして、何ができたのだろうかと自問自答する時もあります。

しかし、競技は毎日行われ行きます。振り返る時間は全くありません。


大会期間中は、常に次から次へと出場する選手のレースが行われて行きます。

ですので、常に前をみて行かなくてはいけません。


良い結果もあれば、残念な結果もあります。

もちろん時には、驚くような結果もあります。


それもこれもオリンピックです。


思うように記録が出れば良いのですがそう簡単に行かないのがこのオリンピックでもあるように思います。

魔物が住んでいると想うものもいれば

女神がいると思えるものもいるでしょう。


オリンピックは、選手の憧れの地でもあります。


そう簡単に良い結果が得られないのもこのオリンピックなのかも知れません。


あの4×100Mリレーは、大会の〆に向けて行われました。

このリレーにもちょっとしたエピソードがあります。

リレーメンバーの中にアクシデントを抱えている選手がいました。現場では最善を尽くします。ゆっくり考えている余裕はありません。その場で判断しなくてはいけません。選手との信頼関係がなくてはできない事ばかりです。コーチからは、どうなっているのか判断を求められます。選手の気持ち、トレーナーとして客観的な判断えお現場では求められます。最終判断はコーチと選手とで行われます。


しかし、本人ができると判断してもダメなことがあります。動きを確認してから決めることもありました。ここでも選手とコーチとの信頼関係があります。そして、結果的のこの選手は、アクシデントを抱えながら何とか予選を走り決勝にコマを進めました。この後が我々の勝負ところです。


決勝の前の晩から翌日の出発までは、いままでには感じたことがないような雰囲気がリレーメンバーの選手の間で漂っていました。もちろんトレーナールームにも選手は出入りしますので雰囲気はそれとなく感じます。言葉では云い表しようのできない雰囲気でした。


悪い意味ではなく、非常に良い雰囲気というのが判りやすいでしょうか。


お互いがお互いの間合いを理解している関係


そして、あの結果が産まれました。

オリンピックに大舞台で世界3位の快挙を遂げました。


http://www.youtube.com/watch?v=_RjFj3gEJnQ

GIFTの音楽つき


http://www.youtube.com/watch?v=ENvEKX1Jc84

実況中継

今観ても鳥肌がたちます。

80年ぶりのトラック種目のメダル獲得でした。


この結果には関係者一同とんでもなく大盛り上がり、私も嬉し涙していました。


今まで4位まではありました。


しかし、オリンピックで3位と云うのは日本の陸上競技では歴史に残る記録です。


そして、私が夢に描いていたオリンピックがあっという間に幕を閉じました。


終わってしまえばあっという間の出来事です。


私は、ここまで到達することへの努力と試行錯誤が一番楽しかった(充実)んだなと今は思います。


夢は実現してしまうとあっという間に終わってあっけないもの


実現するまでの過程が一番楽しく充実したものだと思います。


夢を追い求めることができる生き方


これからもそんな生き方をしていきたいと思います。


夢を実現しようとしているときとその夢を追い求め自分なりに頑張っている時が一番面白いのかも知れません。

ここまで長々と振り返ってみました。


もちろんここでは書けないエピソードも沢山あります。


一人のトレーナーとしてここまでやれたことに誇りを持ってこれからも自分の生き方を見つけていきます。


ひとの役に立てることを見つけてがんばります。


最後まで読んでくださりありがとうございました。


つづく




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曽我武史


http://www.tkc-bodydesign.com