これまでを振り返る 2 | 曽我武史 Official Blog

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持っている力を最大限引き出せるように。。。

からだの状態をコントロール(治療)すれば

驚くほど、ugokiが変わります。

動きが変われば、世界が変わります。

やりたいことが続けられるように身体と向き合っていきましょう。

日の丸


一度でいいからトレーナーとして関わってみたい

そう思って活動を続けていました。


私は、90年代半ばからは陸上競技のトレーナーとしてアスリートに関わってきました。


そして、1998年念願の日の丸をつけて活動が実現しました。当時27歳

バンコクで行われたアジア大会の日本代表(陸上競技)トレーナーとして初めて活動させていただきました。


今振り返ると、あの大会はただただ無我夢中でした。なのでほとんど記憶がありません。

あるのは、伊藤浩司(100m)選手が10秒00の日本記録を出したことくらい。


それ以外にも高橋尚子選手や室伏選手など大活躍した大会だったのですが、

残念ながら記憶がとぎれとぎれなんです。。

そんな経緯もありましたが


次は、オリンピックに行ってみたい!!


アジア大会の翌年は、世界陸上という大きな大会が開催されます。

しかし、私はこの大会には派遣されることはなく、別のトレーナーが代表選手団に帯同されました。

やはり実力がまだまだだったんでしょうね。


そしてその翌年(2000年)が、シドニーオリンピック。


この大会も残念ながら別の方が。。。


なかなか夢は近付いてもそう簡単には、叶うものではないと痛感しました。


そこで、私はこのままではダメだと思い、思いきって語学を学ぶ目的でアメリカ行きを決めました。


オリンピックに行く為に語学が必要かというとそれは必須ではありません。


それでもこの時は、今しかできないことかもしれないと思い全ての仕事を調整して、アメリカに行く為の準備をしました。


当初は語学を学ぶことが第一目的でしたが、ここでも御縁があり、トレーナーの友人がある大学のヘッドトレーナーを紹介してくれることになり、学内の学生トレーナーと同じように活動できることになりました。


ただし、長期滞在するにはビザの関係もあるため、大学に併設されている語学学校に通うことが必要でした。


と云うわけで、2000年は、自分へのチャレンジとしてトレーナー先進国のアメリカに単身留学することにしました。


当初は、半年間の滞在予定でしたが、現地でお世話になったヘッドトレーナーの方からせっかく来たんだからチーム(当時お世話になった大学内のアメリカンフットボールチーム)のシーズンが終わるまでいればいいじゃないかと・・・・と云うお誘いが。。。


というわけで。


さらに半年延びて1年間アメリカに滞在することになりました。


その為、夏に開催されたシドニーオリンピックは、アメリカの地で観戦(TV)することになりました。


異国の地でオリンピックを見るとは、夢にも思いませんでした。


ここでの一年間は、友人やトレーナー仲間、選手に恵まれ非常に良い経験ができました。


実は、アメリカンフットボール以外にも他大学にも行き(知人が働く大学)アイスホッケーチームでもトレーナー活動を経験させて頂くことができました。


ここでも、なんとホームとアウェーゲームにもついて行かせて頂きました。


ここで驚いたのは、アイスホッケーの試合(大学)が始まるときには、アメリカとカナダの国家が流れるんです!選手と観客は国旗に向かって起立!!


不思議な感じでした。

なんで私がアメリカ国家とカナダの国家を聴いているんだろうと(笑)


そもそもちょっと勉強してみようかなと思ったところからアイスホッケーのリンク横ボックス(選手が控えているベンチ)の中に居たんですから!!

とまぁ~いろんな御縁に恵まれ私は、アメリカでのトレーナー研修留学を終え帰国しました。


つづき


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