Terima Kasih candle
テリマカシーキャンドル

始めてから早くも9年ポーン



「何でテリマカシーキャンドルなの?」

インドネシア語で「テリマカシー(ありがとう)って言うと
幸せになるっておまじないがあるから!」



と説明してきましたが、

もちろんそれもあるけど

それだけじゃないんです。



2010年5月に私は突然職を失いました。

当時は情けなくて悲しくて苦しくて

三十路手前にして何と情けない

堅い両親には口が裂けても言えない



と、今思えば「たかがそのくらい!!笑」だけど

当時は「人生終わった…」くらいの衝撃だったわけです真顔



スーツ着て朝家を出るけど

行く先は公園のベンチ。

そんな日を一週間ほど続けた時に

友人から電話がきて、嫌われるんじゃないかとか、バカにされるんじゃないかとか

不安でもじゃもじゃな状態で状況を説明したところ

「え?じゃあ丁度良かった!私結婚することになったから手伝って!」


え…?

う、うん…




で始まった私の新しい道。

私に与えられたミッションは

・キャンドル作って
(色つくるの上手そうという理由)
・写真撮って
(趣味で一眼レフあったでしょ?っていう理由)


で、キャンドルは独学で作り、結婚式のイメージに合うように試作しまくりました。

で、写真は前撮りの日に式場へ行き、プロカメラマンの後ろから撮りまくってみました。



そう、その前撮りの日の出来事。



友人である新婦さんのお母さんが、式場内にあるカフェでランチをご馳走してくれました。

結構いいお値段で、

すごく美味しくて…



でも…申し訳ない…私は情けない…



の気持ちが強く出てしまって

何度も「すみません。ありがとうございます。」を
涙を堪えながら繰り返し言ったこと

いまでも鮮明に覚えています。



そしたらね…


お母さん大爆笑!!!笑



滝汗




「私は私ができることをやっただけ!

ひろみちゃんがまた力を付けたら

その時に周りの人を助けてあげてね!」



それから私の「人が幸せになってほしい!」という道が始まりました。



その時のお母さんの言葉をうけて

「感謝の気持ちは忘れないでいよう」

という自分の決め事の意味も含んでいます。



あれから9年。

今日3月30日の私の誕生日に

私が今まで生きてきた道

テリマカシーキャンドルで活動してきた道

どちらも思い出して、向き合う一日になりました。



小さな頃毎日のように

「学校行きたくない。死にたい。」

を繰り返し言っていた私を負けじと家から出してくれてありがとう。

きっと家から出す母の方が苦しかったのかもしれないのに。

今日という日を今年も迎えられたのは
他でもない、母が居てくれたからだと思う。

と母に言ったら…


やっぱりしんどかったらしい!!笑

ごめんね滝汗ありがとうてへぺろ



そして「テリマカシーキャンドル」という名前と

ちゃんと一体化できたような気がしますお願い

9年走ってこれたから、感謝しかない✨



また自分のスタイルを見つけて行こうと思います!

たくさんの人が幸せでありますよう

そして私が私であるよう





という振り返りの1日になりました!


全てはうまくいっているんだと思います!


楽しくいきましょうラブ

テリマカシー!